『黒死館殺人事件』を解説!【日本三大奇書】伝説の超難解小説に迫る
更新日:2016/9/2
「読んだだけで自慢できる小説」。
日本三大奇書のひとつ『黒死館殺人事件』を一言で言うならば、この言葉がぴったりといえるでしょう。
なぜ、読んだだけで自慢できるのでしょうか?
それは、この『黒死館殺人事件』が「最初の2行でほとんどの人が挫折する」とさえ言われているからなのです……。たいていの人は複雑怪奇な世界観に混乱し、本を閉じてしまうのです。
三大奇書のひとつである夢野久作氏の『ドグラ・マグラ』も読了が難しいことで知られていますが、『黒死館殺人事件』はさらにその上をいく難読書といわれており、その難しさは日本最高峰だという声もあるほど。
今回は、そんな難読書『黒死館殺人事件』を難読たらしめている理由に迫りたいと思います。
『黒死館殺人事件』あらすじ
『黒死館殺人事件』
小栗虫太郎(著)、河出書房新社ほか
神奈川県にある降矢木家の大城館(通称「黒死館」)にて、女性が毒殺された。死体からは、発光現象が確認される。そんな不可解な謎を、非職業的探偵の法水麟太郎が解き明かしていく……。
衒学趣味(ペダンチズム)の作風
『黒死館殺人事件』の最大の特徴は、なんといっても「衒学趣味(ペダンチズム)」であること。
衒学趣味とは「知識をひけらかしたい人」の意味で使われることが多いですが、文学においては「専門的な知識を大量に盛り込んだ小説」のことを指します。
文中で取り上げられているのは、神学・悪魔学・薬物学・占星術・植物学・宇宙学・宗教学・物理学・医学・薬学・紋章学・心理学・犯罪学・暗号学・科学・歴史……。
ほかにも、自動人形、ボーデの法則、ウイチグス呪法典、カバラの暗号、アインシュタインとジッターの無限宇宙論争など、数え切れないほどの専門的知識がふんだんに盛り込まれており、知識がなければ何のことやらさっぱりわからない内容が頻繁に出てきます。
たとえば、こんな調子で。
「どうでしょう久我さん、実体は死滅しているにもかかわらず過去の映像が現われる――その因果関係が、ちょうどこの場合算哲博士と六人の死者との関係に相似してやしませんか。なるほど、一方はÅ(オングストローム:一耗の一千万分の一)であり、片方は百万兆哩(トリリオン・マイル)でしょうが、しかしその対照も、世界空間においては、たかが一微小線分の問題にすぎないのです。それからジッターは、その説をこう訂正しているのですよ。遠くなるほど、螺旋状星雲のスペクトル線が赤の方へ移動して行くので、それにつれて、光線の振動周期が遅くなると推断しています。それがために、宇宙の極限に達する頃には光速が零となり、そこで進行がピタリと止ってしまうというのですよ。ですか ら、宇宙の縁に映る像はただ一つで、恐らく実体とは異ならないはずです。そこで僕等は、その二つの理論の中から、黙示図の原理を択ばなければならなくなりました」
「ああ、まるで狂人になるような話じゃないか」熊城はボリボリふけを落しながら呟いた。(『黒死館殺人事件』本文より)
どこまでが現実で、どこからが創作なのか――。そう、衒学があまりにも多すぎて、現実と創作の境目がわからなくなるのです。
また、文中には難解な専門用語やルビ、理解不能なトリックが満載のため、読者はますます混乱していきます。このような文章が延々と続くので、挫折する人が多いのもわかりますね。
あの推理作家たちが絶賛した『黒死館殺人事件』
衒学趣味という特殊性から賛否両論がありながらも、多くの文豪に絶賛されてきた『黒死館殺人事件』。
現在発売されている新版には掲載されていませんが、本書が発売された当初は、あの文豪たちによる「序(まえがき)」と「解説(あとがき)」が収録されていたといいます。
「この一作によって世界の探偵小説を打ち切ろうとしたのではないかと思われるほどの凄愴なる気魄がこもっている」
「そこには探偵小説的なるあらゆる興味、探偵読者をして随喜渇仰せしめる所のあらゆる魅力、怪奇犯罪史、怪奇宗教史、怪奇心理学史、怪奇医学史、怪奇建築史、怪奇薬物史等々々の目もあやなる緯糸と、逆説、暗喩、象徴等々の抽象論理の五色の経糸とによって織り成された一大曼陀羅が、絢然として光り輝いていたのである」
(江戸川乱歩『黒死館殺人事件/序』)
「探偵小説界の怪物モンスター江戸川乱歩が出現して満十年、同じく怪物モンスター小栗虫太郎が出現した。この満十年という年月はどうも偶然でないような気がする」
「一体人は怪物呼ばわりされて決して愉快なものでなく、又無暗に人を怪物と呼ぶのは非礼千万であるが、その非礼を敢てしても、どうも江戸川君と小栗君はやはり怪物である。江戸川君の妖異と小栗君の妖異にはハッキリ区別があり、江戸川君が一流の粘り気のある名文で妖異の世界に引込んで行くのに反し、小栗君はむしろ晦渋と思われる一流の迫力のある文章で、妖異の世界に引込んで行く」
(甲賀三郎『黒死館殺人事件/序』)
「一般に、探偵小説の批評ないし解説では、犯人の名前を明示しないことが不文律となっているようであるけれども、この『黒死館』では、トリックはあくまで装飾的かつ抽象的であり、読者をして謎解きの興味へ赴かしめる要素はほとんどないと思われるので、ここで私がよしんば犯人の名前をすっぱ抜いたとしても、それによって小説自体の興味が減ずるということは、まず有り得ないことと考えられる。はっきり言ってしまおう、――犯人は、****」
(澁澤龍彦『黒死館殺人事件/解説』)
このように、江戸川乱歩氏も甲賀三郎氏も本書を絶賛しています。
澁澤龍彦氏にいたっては、解説で犯人が誰かを言ってしまっています!
推理小説において、犯人を言うとはご法度ですよね。しかし、そんな掟破りの解説が書かれていても、楽しむことができるのが『黒死館殺人事件』だといえるのです。
『黒死館殺人事件』を読了して周りに自慢してみよう
いかがでしたか?
もし読解力に自信がある人は、複雑怪奇な世界観にぜひチャレンジしてみてくださいね。読み終わった頃には、達成感を感じられることでしょう。
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