日本三大奇書『虚無への供物』とは? 魂を震撼させる奇書に迫る
更新日:2016/8/29
『虚無への供物』
中井英夫(著)、講談社
「日本三大奇書」。
夢野久作氏の『ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎氏の『黒死館殺人事件』、中井英夫氏の『虚無への供物』を指す言葉です。
ここで取り上げるのは、そんな三大奇書のひとつ『虚無への供物』。
複雑さや難解さから、読了が難しいと言われている3作品ではありますが、本書は他の2冊に比べてユーモアに溢れ、比較的読みやすい作品となっています。
『ドグラ・マグラ』と『黒死館殺人事件』を断念したあなた。ぜひ『虚無への供物』を手にとってみてはいかがでしょうか?
『虚無への供物』あらすじ
かつては宝石商として財をなした氷沼家。氷沼家では、祖父の光太郎が火災、長女の朱美が広島で爆死、洞爺丸の事故で長男の紫司郎と三男の菫三郎が水死と、立て続けに不審な死を遂げている。
悲劇はとどまることなく、奇妙な密室殺人事件、さらには祖父光太郎の妹、綾女が暮らしていた老人ホームで100人近くが亡くなるという火災事故が起こってしまう……。
しかし、老人ホームで見つかった遺体の数が合わない。1人多いのだ。
数が合わない遺体はいったい誰のものなのか? そして、氷沼家の人々の死に終わりはないのか――?
推理小説の「お約束」を覆す荒唐無稽な作風
本書の特徴としては、なんといっても荒唐無稽な作風であること。
たとえば、殺人事件が起きる前に、その殺人事件を解決してしまおうと考えます。
事件が起きていないのに、これから起きる事件を予想し犯人を捕まえるなんて、普通では考えられない展開です。
あたしの考えてるのは、こういうことよ。そりゃ昔の小説の名探偵ならね、犯人が好きなだけ殺人をしてしまってから、やおら神の如き名推理を働かすのが常道でしょうけれど、それはもう二十年も前のモードよ。あたしぐらいに良心的な探偵は、とても殺人まで待ってられないの。事件の起る前に関係者の状況と心理とをきき集めて、放っておけばこれこれの殺人が行われる筈だったという、未来の犯人と被害者と、その方法と動機まで詳しく指摘しちゃおうという試み……。”白の女王”のいいぐさじゃないけど、それで犯人が罪を犯さないならなおのこと結構だろうじゃありませんか。(上巻p50)
また、登場人物たちは全員がミステリー好きで、事件が起きるたびに面々が好き勝手に推理を行います。たとえば、事件は五色不動になぞって起きている、犯人は不動明王の使者であるコンガラ童子だと言ったり……。
とにかく推理がユニークで、仏教や植物学、色彩学、遺伝子学、色彩学、SM、シャンソンなど、さまざまな分野の専門知識を駆使して推理が行われます。また、パロディーやオマージュも満載で、作中には『ドグラ・マグラ』『黒死館殺人事件』も出てくるのです!
このように、衒学趣味(専門的な知識を大量に盛り込んだ小説)が強い作品であることが、読者をさらに幻想に誘います。
なお、衝撃のクライマックスには、間違いなく魂を震撼させられることでしょう。最後まで読んでこそ、本書が「奇書」であるゆえん、素晴らしさを感じていただけると思います。
多くの現代作家たちに影響を与えた『虚無への供物』
『虚無への供物』は日本三大奇書のひとつとされていますが、本書の影響を受けた作家は多く、「凶鳥の黒影 中井英夫へ捧げるオマージュ」というアンソロジー本が出ているほどです。
寄稿しているのは、鶴見俊輔さん、有栖川有栖さん、獄本野ばらさん、皆川博子さん、恩田陸さん、笠井潔さん、北村薫さん、長野まゆみさん、三浦しをんさんといった錚々たる面々。
本書の素晴らしさをわかっていただくためにも、何人かの現代作家たちの声を引用したいと思います。
大学生時代には中井英夫がすごく好きになって。やっぱり『虚無への供物』が最初に読んだということもあって、1番好きですね。非常に切ない話であるところも。
―三浦しをん WEB本の雑誌のインタビューより
また、三浦しをんさんはエッセイ集「三四郎がそれから門を出た」で、主人公の氷沼家の場所や五色不動尊を実際に探しに行っています。
中井英夫さんの『虚無への供物』は小学6年生で読んだのですが、今でも年1回は読みたくなりますね。文体にものすごくツヤがあって、不思議な魅力がある。
―恩田陸 WEB本の雑誌のインタビューより
なお、恩田陸さんは「10代のうちに本当に読んでほしい「この一冊」」に『虚無への供物』を挙げています。
おそらく『ドグラ・マグラ』の夢野久作と同じで、これを自分の代表作にするという情熱があった作家だと思います。僕はそういう欲求があまりなくて、結局死ぬまでに書いた全部を一作と見て評価してもらえれば良い、という考え方です。作家には、この2つのタイプがあるようです。
―森博嗣「森博嗣のミステリィ工作室」より
『虚無への供物』は最後まで読んでほしい
もう一度言います。この本は、最後まで読んでこそ、「奇書」であるゆえん、素晴らしさを感じていただける作品となっています。私は最後の数行を読んで、鳥肌が立ちました。
興味のある方は、頑張ってぜひ最後まで読んでみてくださいね。
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