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楽譜は30段以上。「棒を振る人生」から見える指揮者の仕事


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ステージの上で、オーケストラに向かって指揮棒を振り回している指揮者。
指揮に合わせて、弓を動かしたり、息を送ったり、ものを叩いたり、声を出したりする演奏者。
そう、指揮者はオーケストラの中で唯一、音を鳴らさない音楽家といえます。

ステージ上では最も目立つ存在である指揮者ですが、いったい何をしているのか?
そもそも、指揮者とは何のためにいるのか?
そんな知的好奇心に駆られて、私は本書を手にとりました。

■ご紹介書籍
棒を振る人生 指揮者は時間を彫刻する
佐渡 裕 (著)、PHP新書

 

指揮者という仕事

指揮者という仕事について、20世紀後半の偉大な指揮者であるレナード・バーンスタインは以下のように語っています。

指揮者は彫刻家のようなものだ。ただし大理石ではなく時間を彫刻する。その作業には優れたバランス感覚を要し、最適なリズムと全体の構造を把握しなければならない。どこで音楽が緊張し、高まり、鎮まって次に移るエネルギーを蓄えるのか。これはどんな指揮者も学んで手にすることができない、指揮というものが持つ神秘だ。音楽は時間の流れとともに存在する。だから音楽は彫刻とは異なり、好きなときに手に取って眺めたりすることはできない。すべての音楽は響くと同時に消え去ってしまう。過ぎ去った時間は取り戻せない。(p7)

本書の著者は、「題名のない音楽会(テレビ朝日系列)」の司会を務め、「一万人の第九」で知られる、指揮者・佐渡裕さん。

何冊も書籍を書いてこられた佐渡さんですが、本書は30年以上も指揮者を続けてきた佐渡さんによる指揮者論、音楽論となっています。

指揮者の仕事のほとんどは、指揮台に立つ以前にあると佐渡さんはいいます。

今回は、全6章の中の第1章「楽譜という宇宙」から、指揮者が「指揮台に立つ以前に行っている仕事」の一部を紹介しましょう。

 

譜面の音符を読み解く

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みなさんは、指揮者向けに書かれた交響曲の楽譜を見たことがあるでしょうか。オーケストラ用の交響曲なので、もちろん楽器とパートの種類は多く、1ページに五線譜が30段以上あることも珍しくありません。

人間の耳は通常、4種類を超えて異なる音が同時になると、個別に判断できなくなるといわれています。そのため指揮者は、30段の五線譜を3〜4つのグループに整理し、頭の中で音を鳴らす想像をします。

佐渡さんは、幼少時代からオーケストラや指揮者に興味を持っており、小学生の高学年のころからオーケストラの譜面を眺めていたのだとか。誰に教わるわけでもなく自己流に譜面の解読を行っていたとのこと。たとえば、こんなふうに。

まず、フルートの一番の旋律を追いかける。次はフルートの二番を追いかける。もう少し高度になってくると、ホルンを入れて、まとめて見る。メロディーを奏でるヴァイオリンだけを追うのではなく、ヴァイオリンを聴きながら、そこにヴィオラがどういう比率で交じっているか、コントラバスがどんなベースラインを口ずさんでいるかに目を凝らした。(p34)

 

譜面の解読をさらに深める

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譜面の音符を読み解いた後は、解読をさらに深めていきます。表面的な複雑に構成された音符や記号を読み解いて、作曲家が楽譜を通じて表現したかったものは何なのかを探り、作曲家が意図した音のイメージに近づく作業になります。

楽譜は建築でいえば設計図のようなものだ。優れた作曲家は、具体的な建物がどんな天候の中で、どんな場所に建ち、どういう人たちが、何を目的にその建物を使うのか。そういうところまで考えて、楽譜という設計図に自分の音のイメージを表現している。

指揮者はその設計図を見て、作曲家のつくり上げた建築物を想像し、それを建てるためにどういう職人(演奏者)と、どういう材料(音)が必要で、どの職人と職人がどういうふうに力を合わせれば、優れた建築物が建てられるかを考える。(p21)

また、譜面をより深く理解するためには、曲が生まれた時代背景を研究し、作曲家が過ごした場所に身を置いて、気候や風土を肌で感じることも必要だとか。

たとえば、佐渡さんがヨーロッパに暮らして感じたことのひとつが、何ともいえない冬の暗さ。11月〜3月は日照時間が短く、毎日曇り空、雨が続き、人は自然と室内にいて自分に向き合う時間が多くなるのだそうです。その暮らしを経験して初めて、ベートーヴェンの交響曲に塗り込められたドイツの風土や気候を感じられた佐渡さん。

譜面を深く読み込む知識はもちろん、感覚を研ぎ澄まし感性を磨くのも指揮者に必要なことなのですね。

 

オーケストラのメンバーや合唱団員に伝える

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譜面を深く読み込み、曲のイメージを汲み取ったあと、形のないそれをどのようにオーケストラのメンバーや合唱団員に伝えるか。ここでも指揮者の力量が問われます。

楽譜、リハーサルで指揮者が自分のイメージする音楽をオーケストラに伝えるとき、指揮者と演奏者の”共通言語”になるのが楽譜だ。楽譜は演奏者とのコミュニケーションを図る最大の手段となる。(p19)

作曲家がどんな思いを込めて譜面という記号にしたか。「私はあなたが好き」という記号を読み取ることができても、「あなた」が十代か二十代かで表現は変わる。演奏者が百人いれば、感じ方は百通りある。「こう感じなさい」と押し付けても生き生きとした音は生まれてこない。

優れた音楽は、まず優れた音楽家たちによる演奏として立ち現れる。演奏者たちを納得させる変化を起こせるかどうか。指揮者が指示したことを、演奏者たちに自らの意思でどうやりたいと思わせるか。

must(しなければならない)からwant(したい)にどう変えるか。それには、瞬間瞬間に状況を判断し、さまざまな切り口から臨機応変に対応する姿勢が求められる。(p43)

オーケストラのメンバーは、たいていの人が自分のイメージを持って演奏しています。そのなかで、自分が読み解いたイメージを主張し共有するのは至難のワザです。

それでも、指揮者がひとつにまとめあげなくてはならないのです。感情的にぶつかり合いながらも、コミュニケーションを取り、形にしていく。

指揮者の仕事は想像以上に大変なことなのだと感じさせられます。

 

音楽の本当のよろこびにふれる

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クラシック音楽に触れたことがない人でも、コンサートホールに足を運び、特別な空間でオーケストラを聴くことのよろこびを知ってほしい。音楽の本当のよろこびにふれてほしい。佐渡さんは、その強い気持ちを胸に、誰もがよろこびを味わえる音楽を届ける努力を重ねてこられました。

音楽好きな人はもちろん、クラシック初心者にもぜひ読んで欲しい一冊です。

佐渡さんの紡ぎ出す音楽を聴きながら読むと、さらに感動すること間違いなしです。

■ご紹介書籍
棒を振る人生 指揮者は時間を彫刻する
佐渡 裕 (著)、PHP新書

ライター

飯田 萌
フリーランスのライター。一児のママ。出産前まではリクルートで結婚情報誌を担当。現在はWeb媒体にて書籍、音楽、育児など幅広く執筆中。影響を受けた作家は白石一文。趣味はスイーツを愉しむこととドラマ鑑賞。