湊かなえのエッセイ集『山猫珈琲』|“イヤミスの女王”の素顔に迫る
『山猫珈琲』
湊かなえ(著)、双葉社
デビュー10周年 初エッセイ集!
好きなものは「山」と「猫」と「珈琲」。
これらのお陰で怒涛の10年を乗り越えることができました。
特別収録/同郷のポルノグラフィティの楽曲『Aokage』をイメージした掌編小説(上巻、帯)
『告白』『リバース』『Nのために』『夜行観覧車』など、数々のベストセラーを世に出している作家・湊かなえさん。
“イヤミスの女王”と呼ばれる湊さんですが、その頭の中を見てみたい、どのような私生活を送られているのか知りたい――。そんな好奇心から読み始めたのが、湊さんの初エッセイ集『山猫珈琲』。そこには、湊さんの意外な一面が隠されていました。
ファンのみなさまの中には、私のような方もいらっしゃると思います。ぜひ、湊かなえさんの素顔を覗いてみてはいかがでしょう。
性能上がる三種の神器
田舎の長男の嫁です。27歳で結婚し、実家は県外、友人・知人は誰もいないという、完全アウェイ状態からの生活が始まりました。初めは、小さなことから深刻なことまでいちいち心に刺さり、3日に一度は泣いていました。しかし、30歳を過ぎたある日、1年以上泣いていないことに気付いたのです。
今にして思えば、それがわたしの「女子からの卒業」ではないでしょうか。泣かなくなったのは、心が強くなったからではありません。人間が大きくなったからでもありません。「聞き流す」「やり過ごす」「なかったことにする」という技が自然に身についたからです。(上巻 p34-35)
これは、私の中で勝手に作り上げていた「湊さんのイメージ像」が崩れたエピソードの一つです。
湊さんの作風が、人間の深層心理や闇を描いたブラックミステリーということもあり、「田舎の長男の嫁」で「3日に一度は泣いていた」というのは少々意外でした。
また作中には、「田舎の長男の嫁」のエピソードだけでなく、嫁姑関係のエピソード、子育てのエピソードなど、湊さんのプライベートが伺える内容が複数掲載されています。
湊さんのエピソードには、「あるある!」と共感できる部分が多いんですね。今回引用した「聞き流す」「やり過ごす」「なかったことにする」――いわゆる“三種の神器”は、夫婦円満の秘訣としても広く知られていますし、きっと共同生活をした経験がある方なら共感いただけることでしょう。
湊さん自身は「エッセイを書くことが好きではなかった」と公言されていますが、どのエピソードも示唆に富んだものとなっています。
読み終わった頃には、湊さんを身近に感じるようになっているだけでなく、より湊さんを好きになっているはずですよ。
わたしと『告白』
その時々、常に『告白』との向き合い方を考えていました。6年間で15冊、単行本を刊行しました。自分では『告白』よりもずっと良いものが書けたと思っても、これがきっと新しい代表作になるだろうと思っても、湊かなえの上には「『告白』の」が付いてきます。何も成長してないということか。2作目以降は全部無駄だったということか。『告白』なんか書かなければ―。(上巻 p116)
このエッセイ集では、湊さんのプライベートだけでなく、仕事の話もたっぷり描かれています。
2008年に『告白』でデビューした湊さん。累計発行部数は300万部を超え、まさしくベストセラーとなったこの作品に対し、湊さんはどのように向き合えばいいのか分からなかったのだとか。
反響が広がるほど、それを受け止めきれず、書いたことをなかったことにしたいと思う日々が続いたこと。
いつまでたっても『告白』が代表作となってしまい、それを超えられないこと。
共感の声、非難の声、すべてを受け止めなければならない責任を感じていたこと。
本書を読むまでは、湊さんがこのようなことを考えているとはもちろん想像もしませんでしたし、実際、湊さんの小説を紹介するときには「『告白』の湊かなえさん」と言っていました。本書を読むことで、作者目線での考えを知ることができたのは、個人的には収穫でした。
また他にも、「湊さんと作品の関わり」について触れられたエピソードが多数収録されています。ヒット作の裏話に興味のある方はぜひご覧になってみてくださいね。
湊かなえさんの「意外な一面」を楽しんで
10年分のエッセイが収録されたこのエッセイ集。
湊さんの作品と読み比べながら、その違いを楽しんでみてくださいね。
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■ご紹介した書籍
『山猫珈琲』
湊かなえ(著)、双葉社
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