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どんな方言使ってる?方言でキャラを演出する「方言コスプレ」の時代


更新日:2016/6/7

『「方言コスプレ」の時代 ニセ関西弁から龍馬語まで』表紙

「方言コスプレ」の時代 ニセ関西弁から龍馬語まで
田中ゆかり(著)、岩波書店

みなさんは、関西人でもないのに「なんでやねん」と言ってみたり、九州人でもないのに「〜でごわす」と言ってみたりしたことはないでしょうか。

最近、世の中では、方言をまねして話すという現象がよく見られます。その土地の出身者ではなくても、「おもしろさ」や「男らしさ」を演出するために、方言を言葉にまぜて使うのです。

こういった現象を「方言コスプレ」と名付け、その使われ方や方言イメージの変遷をたどる本があります。
それが、今回ご紹介する『「方言コスプレ」の時代 ニセ関西弁から龍馬語まで』です。

 

「方言コスプレ」とは?

「方言コスプレ」とは、文字通り「方言を用いたことばのコスチューム・プレイ」のこと。

例えば、つっこみ役を演じるために関西弁を話したり、男らしさを表現するために九州弁を使ったり、方言からイメージされるステレオタイプを自分の「キャラクター」として一時的に演出するために方言を使います。
コスチュームを着脱するように、キャラクターを着脱するので、「コスプレ」というわけです。

 

特にメールやSNSといった打ちことばで使われ、正確な方言ではなく、「〜やん」や「〜だべ」といった文末表現、「なんでやねん」や「そうやねん」といった定型表現による、「ニセ方言」が主に使われます。

こういった「方言コスプレ」が流行する背景には、方言を「かっこいいもの」「楽しいもの」とポジティブに捉え、娯楽として使う「方言おもちゃ化」の現象があると、著者はいいます。

「方言おもちゃ化」とは、どのようなことか定義をしてみようとするならば、「「方言」を目新しいもの、おもしろいもの、価値あるものとして、それが生育地方言であるか否かを問わず、表現のバリエーションを広げたり、楽しんだりすることを主目的に採用・鑑賞する」という「方言」の受容態度と言語生活における運用態度のことである。(p.11)

 

「方言コスプレ」は、娯楽としての側面だけではなく、話し相手との距離を縮める「親密コード」として使われる、という側面があります。

非首都圏の出身者で、生育地方言を持つ人たちにとっては、自分たちや、上の世代が話す方言は、地元とのつながりを示す「親密コード」としての機能を持っています。
しかし、そういった方言を持たない首都圏出身者は、ニセ方言を「親密コード」として使っているのです。

実際に、「方言コスプレ」をするのは首都圏の方が多いそうです。
そして、首都圏・東日本・西日本のマイナー方言地域の人ほど「方言コスプレ」をポジティブに捉える傾向があるようです。

 

方言は「矯正するべきもの」から「かわいい」へ

方言は、昔からこのようにポジティブに捉えられてきたわけではありませんでした。

学校教育の場では、1950年代から1960年代にかけては標準語教育が重視され、方言使用を抑制し、矯正する、ということが主流でした。
方言を話すと、「方言札」と呼ばれる札を首から下げていなければならない、という罰まで存在していたのです。

しかし、1980年代から1990年代にかけ、方言の価値がネガティブからポジティブへと変わるターニングポイントを迎えます。

このころは、「方言と共通語のバイリンガル状態」という感覚が、人々の間で浸透。そして2000年代に入ると、「方言ブーム」が起こり、「かわいい方言」を扱った書籍が多数刊行されていきます。

こうして、方言の文化財としての価値が上昇していったのです。

 

創作物による「方言ステレオタイプ」の蓄積

それでは、「方言コスプレ」の基礎となる、「方言ステレオタイプ」はどのように形成されていったのでしょうか。

著者は、その形成過程は関西弁を除けばよく分かっていないとしながらも、小説やドラマ、マンガなどの創作物によって、蓄積・拡張・増幅されていったと書いています。

日本の近代文学は、欧州に比べ、方言文学が活発だったようです。
これは、明治から大正にかけては、標準語のよそよそしさに対抗するリアリズムの発露の手段でありましたが、昭和に入るとヴァーチャル方言も出現し、文学の表現手段のひとつとなっていきます。

現代のマンガに至ると、ヴァーチャル方言の種類は、さらに豊富になっていきます。

 

「龍馬」はいつから土佐弁を話すようになったのか

それでは、ドラマではどうでしょうか。

1968年に放映された「竜馬がゆく」で初めて方言がドラマに登場します。
この時はまだ「方言指導」というものは行われていませんでしたが、1980年の「獅子の時代」で初めて「方言指導」がクレジットに現れます。

そしてドラマでは、1983年の「おしん」から初の方言指導が行われています。さらに1990年代後半になると、よりきめ細やかな方言指導が行われるようになっていくのです。

 

今でこそ坂本龍馬といえば土佐弁を話しているイメージが強いと思いますが、小説などの創作物に現れる龍馬は、かつては土佐弁ではなく、標準語や共通語を話していました。
戦前から戦後しばらくの小説に出てくる龍馬を見てみると、武士や書生が話すような言葉遣いで描かれていたのです。

ようやく龍馬が土佐弁を使うようになったのは、1962年に出版された「竜馬がゆく」が最初です。それでも初めは方言が少なく、物語が進むにつれ、徐々に土佐弁が多くなっていったのです。

 

創作物に現れる土佐弁の龍馬の影響で、「土佐弁」へのイメージも変わっていきます。

2010年に放送された大河ドラマ「龍馬伝」は、土佐弁へのイメージを固めるのに一役買いました。
「龍馬伝」放送前の調査では、特定のイメージを持たれなかった土佐弁が、放送後の調査では「男らしい」をイメージする方言として浮上してくるのです。

そして、高知や土佐と関わりない場面でも、「男キャラ」を演じる方言として使われるようになっていきます。

 

「方言」や「歴史ドラマ」が好きな方に

著者は、「方言コスプレ」という現象をテーマとして、膨大な調査や、新聞の投書、大河ドラマや朝ドラのクレジットロール、小説やマンガなどの資料をもとに、「方言」が日本社会でどんな価値を持ってきたか、その使われ方の変遷を丁寧に追っています。

「方言の研究書」のような堅い印象もありますが、ところどころマンガや小説を引用したりと、非常に読みやすい1冊になっています。

「方言」が好きな方はもちろん、「坂本龍馬」のファンの方、歴史もののドラマが好きな方、マンガ好きの方などにおすすめできる1冊です。

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ご紹介した書籍

「方言コスプレ」の時代 ニセ関西弁から龍馬語まで
田中ゆかり(著)、岩波書店