人類の未来史!? 川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』に迫る
更新日:2016/7/18
『大きな鳥にさらわれないよう』
川上弘美(著)、講談社
幻想的、かつ詩的な世界を持ち、数々のヒット作を生み出している作家・川上弘美さん。
「大きな鳥にさらわれないよう」は、川上弘美さんの最新作で、表題作を含む14編の短編からなる人類の未来史を描いたSF作品です。
今回は、この「大きな鳥にさらわれないよう」の魅力をたっぷりとご紹介します。
クローンの子供と人工知能の「母」たち
最初の短編である「形見」は、女性たちが川で湯浴みをする穏やかな場面から始まります。
しかし、この町のシステムはとても衝撃的なもの。
子供たちはみんな動物由来のクローンで、男たちは食料や子供を作る工場で働き、女たちは工場で作られた何十人もの子供を育てています。
工場では、食料を作っている。それから、子供たちも。
子供の由来は、ランダムだ。牛由来の子供もいれば、鯨由来の子供もいれば、兎由来の子供もいる。(p.13)
この短編の主人公である「わたし」は、夫からかつてこの世界には「日本」やそのほかのたくさんの「国」があったと聞かされます。
このことから、この世界が人類の未来を描いているものであるということが分かります。
2つめの短編では、「見守り」という存在が描かれます。「母」たちのもとで育てられる3人の「私」。
彼らは、観察することについて母たちから教わります。
「注意深く観察すること。結論はすぐに出さないこと。けれど、どんな細かなこともおろそかにせずに記憶にとどめておくこと」
母たちは、教えた。(p.24)
やがて「私」は旅をし、もう一人の「私」のいる町へやって来ます。そこで「私」はもう一人の「私」と2ヶ月を過ごした後、入れ替わります。
クローンである「私」と、人間ではない「母」たち。「見守り」とはいったい何のためにいるのか。
読み進めていくうちに、徐々にこの世界のシステムが明らかになっていきます。
滅亡に瀕した人類を救うためのシステム
序盤の短編「Remember」で、イアンとヤコブという2人の見守りが登場します。
2人は、この世界のシステムを作り出したキーパーソンでもありました。
衰退し滅亡の危機に瀕した人類を存続させるため、彼らはある計画を立て、実行に移したのです。
「おれも、おまえも、そしてこの地球上の誰も、人類の衰退を止めることができない。その能力をもっていない。人類は、もっともっと素晴らしいものになるはずだったのに」
俺はヤコブをじっと見つめた。ヤコブも、俺を見つめ返した。
「だから、違う人類をつくりだす」
(p.103)
人類はいくつかの集団に隔離され、お互いに交流を持たず、異なる価値観や社会制度のもとに暮らしています。
「見守り」たちはそれを観察し、やがて訪れるであろう「現生人類の進化」を待っているのです。
「異なるものを受けいれられるか」という問い
それぞれの短編で、このシステムの中で暮らす人間たち、人類を観察する「見守り」たち、突然変異を起こし周囲から排斥される人間や、進化を遂げた「新しい人類」の姿などが描かれていきます。
絶滅の危機にありながらも、お互いに愛し合い、憎み合う人間の姿。
そして、「自分と違うものを受けいれることができるか」という厳しい問いが繰り返されます。
「自分と異なる存在を、あなたは受けいれられますか」
受け入れられると、わたしは信じていた。そうだ。わたしたちと近種の、かつわたしたちよりも優れたものならば、わたしは受けいれたことだろう。(p.150)
一方で隔離された小さな集団の中で、人々が愛し合い・命を紡いでいく姿は、牧歌的で穏やかな雰囲気の中で描かれています。
短い短編の中で淡々と描かれる人々の営みは、どこか切なさや愛おしさを感じさせてくれますよ。
重厚な世界と謎解きの面白さ
壮大な世界設定のもと、「人類の未来史」を描き出す本作。人工知能が発達し、クローン技術によって増殖する人類という、SFらしい重厚な世界を楽しむことができます。
この作品のもうひとつの魅力は、謎解きの面白さです。
はじめは関連性のないのように見えた短編どうしが少しずつ繋がっていって、読み進めるうちにだんだんと世界の全体像が見えてきます。
何千年という長い時間をかけて、ゆっくりと滅亡に向かっていく人類の辿る運命が少しずつ明かされていき、最後の短編を読み終わった時すべての謎がひとつにつながります。
「そうだったのか!」という爽快感とともに、「また最初に戻って読み直したい!」という気持ちにさせてくれることでしょう。
SFに馴染みがない方にもおすすめ
人類滅亡のSFというと難解なイメージがありますが、この作品で描かれるのは、この世界で生きるひとりひとりの生き様や愛の形。
ふだんSFを読まない方にもおすすめできる作品です。
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今回ご紹介した本
『大きな鳥にさらわれないよう』
川上弘美(著)、講談社