ちゃんと読んだことありますか?古くて新しい日本古典の世界
『竹取物語』や『源氏物語』といった日本の古典というと、「タイトルやあらすじは知っていても読んだことがない」という方も多いのはないでしょうか。
アニメや映画といった映像作品を通じて日本の古典作品に触れられる現代。わたし自身、決して読みやすいとはいえない昔の文章をあえて読む必要はあるのか、という疑問を感じていました。
しかし、古典作品を直接読むことで、はじめて得られる「作者の体温」や「当時の文章のリズム」といったものを感じられました。
なによりも、現代にまで伝わっている作品の多くは名作。今読んでも面白いものが多いのです。
現代の常識や感覚を抜け出して、まったく異なる時代を感じながら、ときたま出会う共通点を発見する、という経験ができるのは古典ならでは。
とはいえ、「何から読んだらいいか」「どう読んだらいいのか」と迷うことも多いはずです。
このコラムでは、日本の古典作品を楽しむための「読書案内」として、古典の読み方をレベルに分けて紹介します。また、作品を読むための参考書や、読書のコツもあわせて紹介します。
おすすめの選定基準は主に「手に入れやすいこと」と「読んで面白いこと」の2点です。
レベル0:とりあえず手元におきたいガイドブック
何事もそうですが、新しいことにチャレンジする場合、まずは準備期間が必要です。
古典作品を読むにあたっては、文法やその時代の常識を知っておくとより楽しむことができます。
現代語訳で読む場合には文法は必要ありませんが、それでも「寝殿造り」のことや、当時の結婚制度のことなどを知らないと、頭にはてなが浮かんで挫折してしまいます。
そこで、分野別のガイドブックを紹介します。
■全般:『古文研究法』
『古文研究法』
小西甚一(著)、ちくま学芸文庫
かつて大学受験用参考書として洛陽社から出版されており、2015年に受験用参考書としては異例のちくま学芸文庫入りを果たした一冊。
著者の小西甚一氏は、能を中心にした比較文学研究で知られています。
『日本文藝史』という大著を残したほか、語学に非常に堪能で、英語はもちろん中国語、フランス語、ドイツ語などを操り、一方で将棋の達人でもあるなど、多才な研究者でした。
『古文研究法』は古典文法、古典常識、文学史の三部構成。
小西博士が次代を背負う日本の若者のために学位論文を書く気持ちで書き上げたという、気迫がこもった名著ですよ。
■古典常識:『平安朝の生活と文学』
『平安朝の生活と文学』
池田亀鑑(著)、ちくま学芸文庫
内容は少し古いのですが、1000年前の日本の社会を垣間見ることのできる一冊です。
女性の暮らしという切り口から、当時の都の様子、貴族の服装、年中行事、冠婚葬祭、身の回りの道具、女性の地位など、実に様々なトピックが語られています。
通読するのも楽しいですが、百科事典的に座右に置いておくのもいいかもしれません。
■古語辞書:『ベネッセ全訳コンパクト古語辞典』
『ベネッセ全訳コンパクト古語辞典』
中村幸弘(編)、ベネッセコーポレーション
原文で読む場合、古文特有の単語に出会うことがありますが、そのときに重宝するのが「古語辞典」です。
電子辞書に入っているものでも間に合いますが、このベネッセの紙の辞書も持っておいて損はないと思います。
重要語が大きく出ているほか、現代語との関連に関する説明や古典に関するコラムが充実しており、読み物として面白いつくりになっています。
■和歌:『原色 小倉百人一首』
『原色 小倉百人一首』
鈴木日出男、山口慎一、依田泰(著)
文英堂
毎日和歌ばかり詠んでいた男女の物語を読むにあたっては、和歌の知識が不可欠です。
和歌入門としておすすめするのが、百人一首の解説に綺麗な写真を加えた『原色 小倉百人一首』です。
フルカラーながら値段も手頃で、写真を見るだけでも楽しめるので、とりあえず買っておいて、気が向いたら読んでみる、という使い方に最適となっています。
掛言葉や、古典文法の説明が充実しているのも特徴です。
レベル1:現代語訳されたものから読む
「ビギナーズ・クラシックス」シリーズ
角川ソフィア文庫
古典入門の第一歩には、現代語訳された角川ソフィア文庫から出ている「ビギナーズ・クラシックス」シリーズがおすすめです。
このシリーズは、古典作品の全文、あるいはハイライトの原文+現代語訳+解説という構成。ところどころで図版やあらすじ、人物相関図といったヘルプが入るのでとても重宝します。
「現代語訳だけ読んで、気になるところだけ原文を確認する」というスタイルでも十分楽しめます。
まずは、短くてかつ全文収められている『竹取物語』や『方丈記』をおすすめですよ。
原文も読みたいという方には、『万葉集』から『奥の細道』など、有名どころを収めた筑摩書房の『日本古典読本』がおすすめです。
レベル2:注釈・現代語訳のついた作品を読んでみる
古典の世界に慣れてきたら、注釈付きのものを読んでみましょう。ここでも「角川ソフィア文庫」が大活躍します。
角川ソフィア文庫からは色々な作品が現代語訳で出ています。
そのなかでも、
・日記物…『土佐日記』と『更級日記』
・和歌物語…『伊勢物語』
・随筆…『枕草子』と『徒然草』
をおすすめします。
とくに、『土佐日記』は短いだけでなく、ダジャレや馬鹿騒ぎといったエンターテインメントの要素、ちょっとほろっとする場面に事欠かない、現代にも十分通用する作品になっています。
『枕草子』や『徒然草』は、硬い文学作品だと思わずにブログだと思ってつまみ読みすると、作者の姿が見えてきて面白いですよ。
またそれとは別に、値段は張りますが箱入りの『新編日本古典文学全集』(小学館)は、現代語訳と充実した注釈を揃えており、レイアウトの読みやすさに定評のあるシリーズです。
小学館からはもう少し廉価のダイジェスト版『日本の古典をよむ』シリーズも出ています。ハードカバーの美しい装幀も魅力となっています。
レベル3:原文で味わう
慣れてきたら、現代語訳が手に入りにくい作品は原文で読んでしまいましょう。
原文で読む場合、価格を重視するならば、岩波文庫の黄帯、読みやすさを重視するならば、新潮日本古典集成がおすすめです。
後者の新潮日本古典集成は、以前より手頃な新装版へと改版がなされ手に入りやすく、本文中の難解な部分には赤文字で現代語訳が書かれているため、たいへん読みやすいレイアウトになっています。
参考までに、私の個人的ベスト5を紹介したいと思います。
1.『平家物語』
注釈がしっかりしており、読みやすい。なによりも感情がまっすぐ表現されたすがすがしい作品空間が魅力的。
ところどころに中国の説話が出てきますよ。
⇒『平家物語』(岩波文庫)
2.『源氏物語』
日本文学史上最高の小説として名高い源氏物語は、ぜひとも流れるような原文で。まずは筑摩書房の『源氏物語読本』を読んで筋をおさえることをおすすめします。
注釈の少ない岩波文庫版を読む場合には、渋谷栄一さんがネット上で無料公開なさっている現代語訳と注釈(参考リンク)を片脇に置いておけば、不自由しないと思います。
3.『大鏡』
歴史小説が好きならば、はまること間違い無しの一冊。最初の設定に少し無理があるのはご愛嬌。
⇒『大鏡』(角川ソフィア文庫)
4.『宇治拾遺物語』
読んで面白い短編集。これを読むと日本人のちょっとおバカな一面やユーモアのセンスはあんまり変わっていないな、と感じます。
「教科書に載せられない話」が盛りだくさん。
⇒『宇治拾遺物語』(角川ソフィア文庫)
5.『風姿花伝』
能について語っているようで実は人生訓になる、そんな普遍性を持った芸術論です。
音大生など、芸術の道を志す読者には参考になる点が多いのではないでしょうか。
⇒『風姿花伝』(岩波文庫)
古典の世界を楽しんで!
レベル0から3までご紹介しました。
今まで難しいと思って避けてきた古典作品を、この機械にぜひ一度チャレンジしてみてはいかがでしょうか。新しい世界が広がるかもしれませんよ。
参考リンク:「源氏物語の世界」
http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/