中村文則 おすすめ小説|タブーに切り込む過激な名作
更新日:2019/11/29
2002年に『銃』で作家デビューした中村文則さん。2005年に『土の中の子供』で芥川賞を受賞し、その後『教団X』が大ヒットしたことで一躍人気作家となりました。
中村さんの作品の特徴は、過激なテーマや一般的には語られないタブーにメスを入れる問題作であるところ。
人間には必ず光と陰があります。中村さんが描く内容は「陰」の部分であり、作品によっては読み進めるのがつらく、恐怖を感じることも多いです。
たしかに、目を背けたくなるようなことに対峙するには勇気が要ります。ですが、中村さんの作品を読み終わると毎回思うのです。「読んでよかった」と。
ここでは、『教団X』を含むおすすめ作品をご紹介します。
ぜひ、中村さんの作品を読んで、自分の価値観を拡げてみてはいかがでしょう?
何が本当の悪なのか?
『教団X』
『教団X』
集英社
松尾という飄々とした老人を中心人物に据えた宗教サークルと、警察から「教団X」と呼ばれるカルト宗教集団にまつわる長編。
テーマはカルト宗教。『教団X』の教祖・沢渡は性の解放を掲げ、信者たちは日々セックスに溺れています。
倫理的な観点から、そのような団体は悪だと見なされるのが普通です。でも、中村さんは、それを「悪」だと咎めることはありません。
「普通」というのは読者それぞれの価値観によるものです。中村さんは読者一人一人に解釈を委ねているので、いろんな読み方ができる作品だと思います。
また、衒学趣味が強い作品であることも本書の魅力です。文庫版で約600ページ。前半部分のほとんどはうんちくで占められており、知的好奇心を満たしてくれること間違いなしです。
中村さんに「こういう小説を書くことが、ずっと目標の1つだった。これは現時点での、僕の全てです(あとがき)」とまで言わしめた作品。ぜひご覧ください。
邪悪と愛のはざまで……
『悪と仮面のルール』
『悪と仮面のルール』
講談社
“邪”の家系に生まれ落ちた少年は、11歳のとき、父から「あらゆる邪悪を尽くす人間になれ」と言われます。それは、自分が死んだ後の幸せな世の中を憎む気持ちからくる、と、何とも理解しがたい理由でした。
本作は、邪悪に染まるつもりがなかった少年が1人の女性を愛してしまったが故に、図らずも邪の世界に堕ちていく物語です。
なぜ人の心を持った少年が邪悪に堕ちていかなければならなかったのか? 逃れない運命とは何か? そして、人を愛することとは何か……?
テロという大きな事件によって迫りくる警察の手が、さらにスリルを掻き立てます。
悪ではあるものの、1人の人としての感情が感じられる深みのある作品です。
生々しくも、温かい
『掏摸』
『掏摸(スリ)』
河出書房新社
大江健三郎賞受賞作。スリ師の「僕」と、闇社会に生きる木崎のスリリングな関係を描いた長編。
テーマは運命。
神なき日本で「他人の人生を、机の上で規定していく。他人の上にそうやって君臨することは、神に似ていると思わんか。(中略)あらゆる快楽の中で、これが最上のものだ」と言い、誰かの人生や命を支配しようとする木崎。
理不尽な運命に「僕」は抗おうとしますが……?
本書はハードボイルドなエンターテイメント小説としても素晴らしいです。緊張感漂うスリの仕事のシーンには思わず手に汗をかいてしまいました。
それは狂気なのか?
『遮光』
『遮光』
新潮社
次から次へと喋れば嘘だらけ。虚言癖の「私」には、嘘をついていることの罪悪感がみじんもありません。それどころか、日常を嘘で固めることが「私」にとっての日常でした。
そんな「私」が抱える秘密は、誰にも見られてはいけない、ビニールに包まれた瓶。その瓶こそが、彼の愛情と狂気の塊でした……。
中村文則さんの2作目となる本作。
はじめは、虚言癖で冷淡な「私」に共感できない部分もありました。しかし物語が進むうちに、なぜ「私」がこうした生き方しかできないのか、共感してしまう部分があり考えさせられました。
150ページほどの短い小説でサッと読めるので、中村文則さんの作品が初めての方にもおすすめです。
消えない、壮絶な過去の記憶
『土の中の子供』
『土の中の子供』
新潮社
第133回 芥川賞受賞作。
実の親に捨てられ、引き取られた親戚宅で壮絶な虐待を受けてきた青年の物語です。27歳で過去と決別しつつある彼を苦しめる過去が、鮮明にかつ残酷に描かれています。
中村さんは、「悪意は無関心の中で行われる」と述べていますが、その無関心が生んだ悲劇ともいえるでしょう。
過去の虐待を持ってしても、なんとか這い上がろうとしてくる主人公。しかし、そんな主人公に付きまとう幼少期の壮絶な経験は、巧みな心理描写と重厚な文章から、簡単にはぬぐえないことが良く分かります。
併録されている「蜘蛛の声」も読み逃しなく。
生と死のあり方を考えずにはいられない
『何もかも憂鬱な夜に』
『何もかも憂鬱な夜に』
集英社
犯罪者を監視する刑務官の「僕」にフォーカスした作品。
テーマは生と死。
「虐げられてるばかりじゃなく、この世界に生まれてきたのなら、元を取らなければ」と言い罪を犯した男。死刑制度の不確かさ(死刑か無期懲役の線引きは曖昧で、遺族格差も生じている事実)に憤る上司。深く考えさせられるシーンが多いです。
中村さんの作品は登場人物がぶっ飛んでいて、描かれている世界が理解の範疇を超えているということがよくあるのですが、本書は比較的理解がしやすい作品に仕上がっています。
中村さんの作品を読んだことがない方であれば、本書から読むのをお勧めします。
巻末の解説では又吉直樹さんがこのように書いています。
「中村文則さんの作品が読める限り生きて行こうと思う」。又吉さんは、本書によって根底から救われたのだそう。興味を持った方はぜひ手に取ってみてくださいね。
人を殺した人間の心理とは……
『悪意の手記』
『悪意の手記』
新潮社
テーマは「なぜ人を殺してはいけないのか」。
ドストエフスキーの『罪と罰』の現代版として読むのも良いかもしれません。
15歳で難病にかかるという不条理から、世間を恨んでいた主人公。命を取り留めてからも、虚無感のなかで生きていた主人公は、ある日「理由なき殺人」を犯してしまいます。
誰よりも死を恐れていた人間が、なぜ人を殺してしまったのか? 人を殺した人間の気持ちとはどういうものなのか?緻密な心理描写は、読者をぐんぐんと惹きつけます。
個人的には「善悪は人間が成長していくにつれて既存の社会から学び取っていくもので、元々人間の中に用意されているものではない」という言葉が深く心に残りました。
蝕まれていく己の人格
『私の消滅』
『私の消滅』
文藝春秋
「読めば人生すべてを失くすかもしれない」
そんな脅し文句からはじまる手記。そんな手記を読んでいた男の運命は――?
催眠と洗脳をテーマに扱った作品。現代の事件を彷彿とさせるような気味の悪さ、洗脳によって消えていくアイデンティティについて、一冊にぎゅっと詰め込まれています。
読み進めるのに辛い展開もありますが、思いがけない流れにどんどんと引き込まれていきます。最後まで予想できない衝撃の展開と、ノンフィクション的な要素が入り混じった魅力ある作品です。
絶対権力が君臨するなか、人々はどう生きるのか
『R帝国』
『R帝国』
中央公論新社
とある島国「R帝国」で戦争が始まるところから物語は始まります。
この国では「党」が絶対的権力を持っており、批判すれば処刑されてしまいます。「この戦争はおかしい」と気づいた矢崎と栗原は、「党」相手に戦いを挑むことに……。
資本主義で経済大国、さらに民主主義。まるで日本を彷彿とさせるようなR帝国が舞台。戦争に対して知識のない現代人に鋭くメスを入れ、社会を風刺した作品です。
フィクションだから語れる恐ろしさと、危機感が魅力的。これまでは個人に焦点を当てたものが多かっただけに、中村さんの違った一面も見えてくるのではないでしょうか。
「読むのに勇気が要る」中村さんの作品
ここまで中村文則さんのおすすめ作品をご紹介してきました。人の心の闇が描かれた作品が多いことが分かります。
人間の影の部分に足を踏み入れる準備はできたでしょうか。
一度読み始めると次々と読みたくなる、中村文則さんの作品にぜひふれてみてください。きっとあなたの価値観が変わるはずです。
【おすすめ記事】わたしの三大「衝撃的だった」本