「日本四大奇書」!? 竹本健治『匣の中の失楽』のあらすじと魅力
更新日:2017/7/3
『匣の中の失楽』
竹本健治(著)、講談社ほか
伝説の『第4の奇書』に今こそ挑戦せよ!
3大奇書(『ドグラ・マグラ』『虚無への供物』『黒死館殺人事件』)に続く『第4の奇書』
(帯より)
夢野久作『ドグラ・マグラ』、中井英夫『虚無への供物』、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』は、「日本三大奇書」として名高い作品です。
しかし一部からは「日本三大奇書」ではなく「日本四大奇書」なのでは? という声も挙がっていることをご存知でしょうか。
「第四の奇書」と評されているのは、竹本健治さんの『匣の中の失楽』。ミステリ界のビッグネーム・綾辻行人さんが絶賛している作品としても知られている作品です。
いったいどのような作品なのでしょうか。
『匣の中の失楽』あらすじ
推理小説マニアの仲間うちで「黒魔術師」と呼ばれていた大学生・曳間が、密室で殺害された。しかも、仲間のひとり・ナイルズが書いている小説が予言した通りに。
現実と虚構の狭間に出現する5つの“さかさまの密室”とは……?
『匣の中の失楽』の魅力
「第四の奇書」とも言われている『匣の中の失楽』には、一体どんな魅力があるのでしょうか?
・日本三大奇書の特色を踏襲しながらも、読みやすい
日本三大奇書はすべて文学的価値が高いものですが、難解なあまり、途中で断念してしまう人が多い作品でした。
ですが、本書は、その晦渋さを克服し、多くの読者に門戸を広げたという意味では偉業を成し遂げたのではないでしょうか。
なお、三大奇書を読んでいなくても楽しめますが、元ネタを知っているとより楽しめますよ。(特に『虚無への供物』のオマージュ要素が強いです)
・メタフィクション構成
偉大なる先輩の手法を踏襲しつつ、さらに発展させるためには、画期的な取り組みを行うより他ありません。「メタフィクション」であることは大きな特徴です。
メタフィクションとは、「フィクションの中の登場人物たちが、それがフィクションであることを意識していること」。
私たち読者にとって、小説の世界で起きたことはすべて「フィクション(作り話)」ですが、小説の中の登場人物にとって、小説の世界で起きたことはすべて「現実」です。
小説の中の登場人物たちが「今起こっていることは、すべてフィクションだ」と認識しているシーンはなかなかありませんよね。
ですが、本書では、小説の中で起きた殺人事件があたかもフィクションのように扱われます。まるで、登場人物が描く推理小説の中で起こったかのように……。
読み進めていくうちに、現実とフィクションの境目が分からなくなってしまい、読者は混乱に陥ってしまうのです。
・衒学趣味(ペダンチズム)
本書も、三大奇書の傾向と同じく、衒学趣味(ペダンチズム)=専門的な知識を盛り込んだ小説となっています。
たとえば、<プルキニエ現象>について。
「<プルキニエ現象>ってのは、明るい処では赤や黄、暗い処では逆に青や緑の方がめだって見えるということをいうんだけど、これは一体どういうしくみに由来するのか。そもそも我々の視覚細胞には、細い桿状体と太い錘状体の二種類があって、人間の場合、前者は一億二千万個、後者は七百万個ほどあるといわれてる。そうしてその役側は、数の多い桿状体が、薄明視<スコトピック・ヴィジョン>、つまり薄暗がりのなかで活躍し、数の少ない錐状体が昼間視<フォトピック・ヴィジョン>、つまり明るい処で活躍するんだ。色彩を司るのは錐状体の方なんだけど…」
このような調子が数ページにわたって続きます。
面白いのが、登場人物の衒学趣味に対して、
「ちょ、ちょっと待てよ。最後にそのひとことを言うために、そうやってながながと訳の判らんことをひきあいに出したのか?」
という突っ込みが入るところ。
このように、ついクスリと笑ってしまう仕掛けがちらほら含まれているのです。
・作者の22歳のデビュー作であったこと
1978年、弱冠22歳の青年によって書かれたデビュー作ということで、大きな話題となりました。
『匣の中の失楽』にまつわる評
三大巨匠*1の塁を摩す新鋭の超人的(ファウスト)的実験作
竹本健治氏は、処女長編『匣の中の失楽』によって、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』における、暗号に耽溺する超越的推理、尖端科学理論を転用した比喩的洞察、陰微学的暗号図の提出による雰囲気形成などの特色を踏襲し、中井英夫氏の『虚無への供物』における、登場人物の作中作の殺人予告、素人探偵の推理、・告発競べ、色彩と方位の神秘的な関連づけなどの趣向を継承し、ヴァン・ダインを中興とする絢爛たる精神的血脈の、嫡系であることを証明した。
『虚無への供物』からのバトンを受けようとして『匣の中の失楽』が書かれたことは、前者の物語が七月十二日で終わるのに対して、後者の日付が七月十三日から始まる事実にも示されている。
―松山俊太郎(p810)
自己形成期の、ちょうど良いタイミングで本書を読むと、自分の中でいろんなことが一気に捗ります。それは一生にそう何度もない体験です。一冊の本によって世界の見え方が変わるのです。
推理小説の形を取っていますが、謎解き小説の最上級を目指した結果、作者が自分で作り出した謎(犯人は誰か、動機は何か、密室はいかにして作られたか)だけではなく、世界の謎まで解いてしまえるだけの道具を取り揃えて見せているところに特徴があり、より大きな知的興奮を感じるのです
―乾くるみ(p824)
『イニシエーション・ラブ』の作者として知られる乾くるみさんは、『匣の中の失楽』に出会えたことが、人生の大きな契機になったのだとか。
そして『匣の中』というタイトルで、本書をオマージュした小説を世に出しています。
『匣の中の失楽』という「第四の奇書」
日本三大奇書を読んでいても、読んでいなくても、文学的価値が高く楽しめる作品です。ぜひ読んでみてくださいね。
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今回ご紹介した書籍
『匣の中の失楽』
竹本健治(著)、講談社ほか