吉田戦車『逃避めし』 逃げ場は台所!? おいしくて面白いエッセイ
更新日:2016/5/28
『逃避めし』
吉田戦車(著)、イースト・プレス
みなさんは、どんな時に料理をしますか?
1日3食のご飯どき、夜に小腹が空いたとき、誰かに料理を作ってあげるとき、そんなときに料理をすることが多いと思います。
今回ご紹介するのは、漫画家・吉田戦車さんによる料理エッセイ本『逃避めし』。
「しめきりに追われ、仕事を忘れたい」というときに、仕事から逃避するかのように台所に向かってしまう、そんなときに作った料理を紹介していく本です。
仕事から逃げ台所へ向かう
『逃避めし』は、WEBサイトに連載されていた吉田戦車さんのWEBコラムを書籍化したものです。
吉田戦車さんといえば、『伝染るんです。』『ぷりぷり県』『おかゆネコ』などの不条理でシュールなギャグ漫画を描いていらっしゃる人気漫画家です。
私もこの吉田戦車さんの漫画は昔から大好きで、この本を見たとき、「あの『伝染るんです。』を描いた人は、一体どんな料理を作るのだろう?」という好奇心にかられ、つい手に取ってしまいました。
この本に出てくる料理は、ほとんどが吉田戦車さんの創作料理です。料理エッセイといっても、レシピ集のようなものではなく、その料理を作ろうと思った背景やそのときの気分などが、軽妙な調子の文章とイラストで語られています。
料理はどれも一風変わっていて、変な方向に力が入っています。「これはまさしく“食事のための料理”ではなく“逃避のための料理”だな」と納得させるようなラインナップです。
それでは、その『逃避めし』のラインナップの一部を紹介してみましょう。
包装紙まで自作! 「奥州 しょうゆ豚弁当」
この本の一番最初で紹介されているのが、この「奥州 しょうゆ豚弁当」。言葉だけを聞けば、とても普通の料理のようですが、なんとこれは「手作りの駅弁」なのです。しっかりとお手製の包装紙まで作ってしまっています。
なぜ駅弁を作ろうと思ったのかというと、
「デパートの毎年恒例“駅弁大会”」の最終日なのに、仕事のために仕事場にこもっていなければならず、悔しかったからだ。」(p.4)
とのこと。レシピは東海林さだお先生の本を参考にして作られたようで、包装紙に書かれた説明にもそのことが記されています。
「悔しさ」を原動力にしてここまで作りこんでしまうところが、『逃避めし』のすごさ。ちなみにこの本ではもうひとつ「八ヶ岳鮭きつね弁当」という自作駅弁も紹介されています。こちらはなんとなくシュールな包装紙の絵柄が、笑いを誘います。
あの有名アニメの料理を再現 「チビ太のおでん」
『逃避めし』には「再現系」の料理がいくつか登場します。漫画やアニメに出てきた料理を再現するものですが、その中でも特に興味を引かれるのが「チビ太のおでん」です。
「チビ太」は、赤塚不二夫先生の名作漫画「おそ松くん」に出てくるキャラクターで、よく串にささったおでんを手に持って登場していました。
その「チビ太のおでん」、絵を見ると三角・丸・そして四角い棒のような形のタネが1つずつ刺さっていますが、これは「コンニャク・ガンモドキ・ナルト」で出来ているそうです。
コンニャク、ガンモドキはともかく、ナルトをおでんに入れるというのは私も体験したことがないので、どんな味なのかちょっと想像ができません。この本ではナルトもしっかりと再現しています。作者いわく、
そしてナルト。他の練りものにはないもちもち感があり、とてもおいしい。
そうか、ナルトがこのおでんの主役だったのか。(p.15)
と言わせるほど美味しいもののようです。
故郷の味の謎に迫る 「ハモ丼」
この本で何度か登場するのが、作者の故郷・岩手の味だという「ハモ丼」。
ハモといえば、落とし(湯引き)や天ぷらをイメージするのではないでしょうか。では「ハモ丼」というのはどういう料理なのかというと、本によれば、
「ハモの白焼きを甘じょっぱく煮て丼物にした」(p.102)
という、ウナ丼のような料理だったそうです。
作者にとって、母が作ってくれたごちそう料理だったようですが、大人になってから「あれは本当にハモだったのか?」という疑問が湧いてきたそうです。
なんでも、三陸地方ではハモは獲れないらしく、ハモといえばアナゴのことだというのです。
そこで作者は真偽を確かめるべく、「アナゴ丼」を作ってみるのですが、これはあの時食べた「ハモ丼」ではないと感じ、謎は深まるばかり。
その後、ハモ丼を作るべく再チャレンジを試みますが…「ハモ丼」のハモは本当にハモだったのか?は本を読んで確かめてみてくださいね。
貝殻が鍋代わり!? 「アサリの貝焼き」
料理には見た目も大事、といいます。もし、大きな貝殻を鍋代わりにして一人鍋をしたらどうでしょうか。テンションが上がりそうですね。
この本では、そんなチャレンジもしています。ある日、立派なホタテ貝を手に入れた作者は、その貝殻をもらってきれいに洗い、取っておきます。
そして、アサリのむき身、ワケギ、出汁、酒、醤油を入れてコンロにかけ、「仕掛け人・藤枝梅安」ごっこをしながら一人鍋を楽しみます。
料理の写真は小さいのですが、コンロに直接乗っている貝殻の鍋を見ているだけで「とても楽しそう!」とテンションが上がります。「私ももし大きい貝を手にいれる機会があれば、ぜひ試してみたい」なんて思ってしまう絵面です。
「ちょっと台所に立ってみようかな」と思わせてくれる1冊
『逃避めし』に出てくる料理は、どれも気軽に試してみることができそうで、それでいてちょっとした工夫が凝らされています。
作者が作る『逃避めし』のほとんどは、奥さんや友人に食べさせるというよりは、ひとりで楽しむための料理です。
それゆえか、変に凝った料理ではなく、「あるもので、精一杯楽しんで作る」というものになっていて、「あ、これ美味しそうだな」とか「ちょっと真似してみようかな」と思える料理がたくさん掲載されています。
この本を読んでいると、作者が、食べることを目的とするだけではなく、料理をする過程そのものを楽しんでいる様子が伝わります。独創性あふれる料理の数々は、「さすが漫画家!」と思わせてくれます。
作者は最後の章でこのように語っています。
適当でいいから、基本さえおさえれば、自分の身を養うシンプルな食事は自分でまかなえる。こんな程度のものでいいんだよ、と。
自分の子供へのメッセージでもあったかもしれません。(p.165)
普段料理をしない方でも、この本を読めば、「ちょっと台所に立ってみようかな」と思わせる、ユーモアにあふれた1冊です。
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今回ご紹介した書籍
『逃避めし』
吉田戦車(著)、イースト・プレス