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【今月のピックアップ】カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』


先日、日系イギリス人の小説家であるカズオ・イシグロさんが、ノーベル文学賞を受賞しました。

受賞理由は、「in novels of great emotional force, has uncovered the abyss beneath our illusory sense of connection with the world(感情に強く訴える小説で、世界とつながっているという幻想的な感覚にひそむ深淵を明らかにした)」。

 

今回のコラムでは、カズオ・イシグロさんの代表作であり世界的名作『わたしを離さないで』をピックアップし、その魅力に迫りたいと思います。

 

予備知識は少なければ少ないほどよい作品

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英米文学研究者の柴田元幸さんは、巻末の解説にて以下のように語っています。

 

内容をもう少し具体的に述べるのが解説の常道だろう。だがこの作品の場合、それは避けたい。

なぜならこの小説は、ごく控えめに言ってもものすごく変わった小説であり、作品世界を成り立たせている要素一つひとつを、読者が自分で発見すべきだと思うからだ。

予備知識は少なければ少ないほどよい作品なのである(だからといって、再読に耐えないということでは決してないが)。(p442)

 

実際、新聞や雑誌で本書を紹介した批評家のなかには、「どこまで……(ネタバレしていいのだろうか)」と悩み苦労した方が多いのだそう。

そのため、今回のコラムでは、特に内容に踏み込まないように配慮しながら、その魅力を語っていきたいと思います。

 

イシグロさん自身は「どんな話かは本書の小さな一部に過ぎない(のでばらしてくれて構わない)」と語っていますが、読者のみなさまに最適の状態で読んでいただくためにもネタバレ厳禁とさせていただきます。

次項にて、本を手にとったときに必ず目に入る、文庫本の表紙裏を「あらすじ」としてご紹介させていただきますが、それもネタバレだと感じる方は飛ばしてくださいね。

 

『わたしを離さないで』あらすじ

 

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『わたしを離さないで』
カズオイシグロ(著),土屋政雄(訳)
早川書房

優秀な介護人キャシー・Hは、提供者と呼ばれる人々を世話している。生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度……。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく-ー全読書人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。解説/柴田元幸

(表紙裏より)

 

読めば読むほど好奇心がくすぐられ、夢中になってしまう仕掛け

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この作品は、決してミステリではありませんが、謎めいた部分が多い作品です。

読者のみなさまも、読み進めていくうちに微妙な違和感を抱いていることに気づくはず。奇怪な世界の全容が少しずつ明かされていくという点で、種明かし的な面白さはたしかにあります。

また、描かれている人物たちや、設定、環境は非常に特殊です。読めば読むほど好奇心がくすぐられ、夢中になってしまう仕掛けが随所になされているのはさすがの筆致と言えるでしょう。

 

本の最初の部分では読者に、とても特異な世界であると感じてほしいのです。そして、徐々にその世界が、我々が子供として経験することにとても似ていることに気づいてほしいのです。子供から大人に向かう、すべてのプロセスがそうです。(中略)普通の人間の人生を生きていく過程の反映になるように、かなり入念に書きました。(中略)

大人の読者にも同じ奇怪さや恐怖のプロセスを経験してほしかったのです。

(月刊文学界 2006年8月号より)

 

気づきましたか?大人によってコントロールされた幼少期を過ごしてきたという点では、本書で描かれた特殊で奇妙な世界と、私たちの世界において、大きな違いはないのです。

子どもは、世界で起きていることの多くのことを理解できません。見たことも経験もないものを理解できるはずはないので、何を知るかどうかは大人のさじ加減ひとつです。

 

この隠された意図を知った時、私は背筋がぞわっと凍りました。このように、知れば知るほど、読み込めば読むこむほど、本書の面白さが際立っていくのです。

 

人間ならば誰もが直面する普遍的なテーマ

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また、イシグロさんが描きたかったのは、謎解きでも、特殊な事柄でもなく、人間の普遍的な物語です。

 

人間は、皆が現状から脱出する勇気を持った状態で生きていません。たとえ苦痛であったり、悲惨であったり、自由でなくても、小さな狭い運命の中に生まれてきた以上、それを受け入れるというのが、イシグロさんの世界観なのです。
そのうえで、力の限り頑張り、夢や希望を抱く人たちにとっての『希望』とは何か?ということを、イシグロさんは問題提起しています。

 

特にこの本の中心に、真の愛を非常にロマンチックな方法で見つけることができるという希望を置きたかったのです。こういうふうにしても死を打ち負かすことができる、これは、世界中のどの文化をみても存在する、一種の深い神話です。(中略)

どういうわけか、愛は、死を相殺できるほど強力な力になります。愛があるからと言って、永遠に生きることはできませんが、どういうわけか、愛があると、死がどうでもよくなるのです。私はそれに相当するものがほしかったのです。

(月刊文学界 2006年8月号より)

 

いつかは死ぬという運命が、たとえ受け入れがたい事実であっても、それは人間の定めとしたならば、人間にとって一番大事なものとはいったい何なのか?

その普遍的な問いに対する答えは、ぜひ手にとって確認してみてください。

 

世界的名作『わたしを離さないで』

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本書は、カズオ・イシグロさんの多くの著書のなかでも、特に評価が高い作品とされています。

本コラムが、文学的価値の高い作品を充分に堪能する手助けになれば幸いです。

 


今回ご紹介した書籍

わたしを離さないでカズオイシグロ(著),土屋政雄(訳)、早川書房


 

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ライター

飯田 萌
フリーランスのライター。一児のママ。出産前まではリクルートで結婚情報誌を担当。現在はWeb媒体にて書籍、音楽、育児など幅広く執筆中。影響を受けた作家は白石一文。趣味はスイーツを愉しむこととドラマ鑑賞。