佐々涼子『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている』|製紙工場の被災と復興
『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』
佐々涼子(著)、早川書房
「この工場が死んだら、日本の出版は終わる……」
絶望的状況から、奇跡の復興を果たした職人たちの知られざる闘い
第10回開高健ノンフィクション賞(帯)
みなさまは、出版物の紙は東北で作られていることをご存知でしょうか?
本書の舞台は、日本製紙石巻工場。
日本製紙はこの国の出版用紙の約4割を担っており、なかでも石巻工場は、日本製紙の主力工場とされています。
ですが、あの東日本大震災で、石巻工場は海に呑まれてしまうという大惨事に……。
本書は、石巻工場が辿った運命をノンフィクションで書き綴ったもの。
他の作品と違うのは、被災者の方々の行動や思いを詳細に綴っているノンフィクションにとどまっていないところだと思います。
製紙工場での紙の作り方、印刷用紙の種類、印刷のノウハウなど、紙媒体好きならたまらないうんちくが書かれているのです。
ぜひいろんなことを考えながら読んでみてはいかがでしょう?
紙媒体のうんちくが興味深い
村上春樹さん『色彩を持たない多﨑つくると、彼の巡礼の年』、百田尚樹『永遠の0』、東野圭吾『カッコウの卵は誰のもの』といったベストセラーから、『ONE PIECE』『NARUTO』といった大ヒットコミック……。
これらの「紙」はすべて、石巻工場の8号マシンで生産されています。いわば、日本製紙の石巻工場は、日本の出版物の心臓部とも言えるのです。
どんな紙を使い、どんな素材感のカバーにするかが、作品世界の印象を決定付けると言っても過言ではありません。
たとえば「品のある本」というオーダーがあったとします。ですが「品」とはいったい何なのでしょう?「品」という言葉は、主観的で、感覚的な言葉でしかありません。
石巻工場の技術者たちは、そのような目に見えない感覚的なオーダーを、実際に形にしていくことを仕事としています。
私は紙媒体が好きなので、技術者たちのノウハウや、本にまつわるうんちくには非常に感心させられました。いくつか引用してみたいと思います。
印刷用紙には、用途に応じていろいろな種類がある。たとえば辞書に使われる紙は、極限まで薄く、いくら使っても破けないという耐久性が特徴だ。しかも静電気を帯びないように、特殊加工が施されており、高い技術が要求される。(p84)
雑誌に使われている用紙は、読んでいて楽しさや、面白さを体験できるものであることが求められる。(中略)雑誌の中に挟み込まれた、異なる質感の紙をアクセントページという。これは「ここから違う特集が始まりますよ」という合図であるとともに、異なった「めくり感」を出すことで、新たな興味を抱いてもらうという演出である。同質の紙ではやがて飽きてしまう。(p84)
『多﨑つくる』の本文で使用されている紙の那覇「オペラクリームHO」。広葉樹チップのみで作られている。広葉樹は針葉樹と比べて繊維が短く、柔らかいのが特徴だ。(p3-4)
書籍の色、白色の度合い、触り心地、光沢、嵩……。知れば知るほど紙媒体って面白いですね。昨今のトレンドなどは参考になりますよ。
悲しみの涙と感動の涙が入り混じる一冊
本書を読んでいると、私は途中から涙が止まらなくなりました。
東日本大震災の犠牲者とその家族の描写に対する、悲しみの涙。製紙会社で働く従業員たちの熱い思いに心を動かされた後の、感動の涙。
同じぐらいの割合で涙が止まりませんでしたが、今回のコラムでは、感動の涙をピックアップしたいと思います。
王子製紙さんにお伺いして、できるだけのバックアップをお願いしました。すると「どんなことをしてでも、日本製紙さんの分まで出版用紙を最優先で作ります」とおっしゃってくださった。(p134)
従業員たちが出版用紙にかける思い、そして出版社とともに戦前からやってきたという自負。製紙会社同士の固い絆。石巻への思い。
沈みゆく工場を見ながら、従業員たちはみな「おしまいだ。きっと日本製紙は石巻を見捨てる」と思ったのだといいます。
電気設備は塩水に浸かり使えない。復旧するにも、電気を引くケーブルは品薄で手に入らない。それでも諦められない……。
では、石巻工場はどのように復興を遂げたのでしょうか? 続きはぜひ本書を手にとって読んでみてください。
一冊でいろんな事柄を学べる本
いかがでしたでしょうか?
本書は、紙媒体好きなら一度は読んでいただきたい作品です。本コラムが読書の楽しみにつながれば嬉しく思います。
今回ご紹介した書籍
『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』
佐々涼子(著)、早川書房