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第5回 森鷗外『杯』|ゴルフの石川選手も読んだ!「自分の能力で戦う」勇気をくれる短編小説【連載コラム】


こんにちは!2018年も文学に埋もれていこうと思うアオノです。

先日、ゴルフの石川遼選手が今年で11年目のシーズンに入ると耳にしました。いまや日本の男子ゴルフといえば、石川遼選手を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?

最近、そんな石川選手と、ある文学作品に深い関係があることを知って、とてもびっくりしたんです。文学とスポーツって、一見あまり関係なさそうですが、ゴルフの成績が伸び悩んでいた頃に石川選手が読んだという、ある作品がありました。

当時石川選手は、海外の選手のマネばかりして、プレーをしていたのだとか。それを見た石川選手の父・勝美さんが「成功している人をうらやましがるのはよくない。いくらマネしても、ウッズなどにはなれない。自分の能力でやっていくしかない」のだと、石川選手に気づいてほしくて、ある一冊の本を差し出しました。

その本に収録された一作、森鷗外の「杯」という、たった7ページの短編小説。

プロのスポーツ選手の心も納得させた「杯」とは、いったいどんなお話なのでしょうか?

 

森鷗外『杯』あらすじ

12歳くらいの7人の少女が、大きな銀の杯を持って泉の水を飲みにやってきた。そこへ、青い目をした外国の少女が、小さな黒い杯を持ってやってくる。7人の少女は、8人目の少女の、小さくて黒い杯を見て哀れみ、大きな銀の杯を貸しましょうか?と問うが……

 

自分の「杯」で戦うべし

7人の少女が「そんなに小さな杯じゃ飲めないでしょうよ、銀の杯を貸しましょうか?」と問うと、8人目の少女は、こう言います。

「わたくしの杯は大きくはございません。それでもわたくしはわたくしの杯で戴きます」

つまり8人目の少女は「わたしはわたしの持っているものがあるから大丈夫」とその申し出を断るのです。

石川選手のお父さんが石川選手に伝えたかったことも、まさにここなのでないでしょうか。自分の生まれ持った「杯」は自分しか持っていないのだから、それを武器に戦うしかない。人の真似したり、持っていないものを羨んでも仕方がない、ということです。

石川選手は「杯」を読んで、父からのメッセージを受け取り、納得したそうです。

この物語を読んで、わたしもとても勇気づけられました。

自分が持っていない能力を沢山持っている人を、羨ましいと誰もが思うでしょう。意味がないこととわかっていながら、そういう感情って知らず知らずのうちに抱いてしまうと思うんです。

ですが「杯」を読み、たとえ人と違っていても、特別なものが何もなくても、自分が持っているものを愛し、活かして、生きていけばいいのだと気づかされました。

 

みんな違って当たり前!

「杯」が収録されている本『山椒大夫・高瀬舟』の巻末の解説で、高橋義孝氏は、「杯」の6年後に書かれた鷗外の小説『余興』で同じような言葉が出てくることを指摘しています。

それは、誰も自分の感情や思想を理解してくれなくても、自分だけはそれを恥ずべきものだと思わずいなければならない、というような意味の一文です。鷗外は常に「杯」で描いたテーマを持ち続けていたのでしょう。

周りと違うことは、不安ですよね。違うことによって、どう思われるだろうと、考えるでしょう。自分よりすぐれた才能を持った誰かを妬み、羨むこともあるでしょう。

ですが、みんな違って当たり前です。たとえ自分より優れた能力を持っている人が沢山いたとしても「自分は自分である」ことに誇りを持って、それを武器に生きていけよと、背中を押されているようです。

 

自分の「杯」で生きていこう

とても短いお話ですが、実際に読んでみると、情景の美しさと森鷗外の言葉が持つ強さをより感じられますよ。

わたしも「わたしの杯も大きく立派なものではありませんが、自分の杯で戴きます」と胸を張って言えるようになりたいと強く思った一作です。

ぜひ一度、読んでみてくださいね。

 


今回ご紹介した書籍

山椒大夫・高瀬舟』より『杯』、新潮文庫


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