江戸川乱歩『押絵と旅する男』|蜃気楼のような奇妙な物語
更新日:2017/12/21
こんにちは、文学好きのアオノです。
突然ですが、みなさんは「江戸川乱歩」と聞いたら、どんな作品を思い浮かべますか?
「明智小五郎シリーズ」や『二銭銅貨』などの作品を思い浮かべる方が多いでしょうか。
ここでご紹介したいのが、『押絵と旅する男』。『押絵と旅する男』は、江戸川乱歩の短編集であり、完成度が高いことから傑作とも評される作品です。
ここでは、そんな『押絵と旅する男』の、奇妙なお話の魅力をご紹介します。
江戸川乱歩『押絵と旅する男』
『押絵と旅する男』
江戸川乱歩(著)、光文社ほか
魚津へ蜃気楼を見に行った帰り、「私」はがらんとした電車の中で、押絵をもった老人と出会う。
その押絵は、白髪の老人と振袖を着た美少女が寄り添う押絵だった。
押絵のふたりは、まるで生きているかのように精巧に作られていた。すると老人はふたりの身の上話……ことに、片方の、白髪の老人の身の上話をしてくれた。
老人は、押絵を見た「私」にこう言います。
「あれらは、生きて居りましたろう」
「あなたは、あれらの、本当の身の上話を聞きたいとはおぼしめしませんかね」
ここからもう不思議な世界に足を踏み入れてしまいそうですよね。
「押絵の身の上話」なんて、まるで本当に押絵が生きていたかのような喋り方。しかし「私」はその話に、自然と耳を傾けてしまうのです。
さて、この押絵の身の上話とは、どのような話なのでしょうか?
「遠目がね」がもたらした奇妙な身の上話
兄が申しますには、一と月ばかり前に、十二階へ登りまして、この遠目がねで観音様の境内をながめておりました時、人ごみのあいだに、チラッと、ひとりの娘の顔を見たのだそうでございます。その娘が、それはもうなんともいえない、この世のものとは思えない美しい人で、日頃女にはいっこう冷淡であった兄も、その遠めがねの中の娘だけには、ゾッと寒気がしたほども、すっかり心を乱されてしまったと申します。
この物語のキーワードは、「遠目がね」です。
老人は、兄の「遠目がね」を今も持っており、「私」にその「遠目がね」で押絵を覗いて見るように促します。
身の上話は、老人の兄の話から始まります。時代は明治20年代、かつて浅草に12階建ての建物「凌雲閣(通称:浅草十二階)」が建った頃の出来事です。
老人の兄は当時25歳の若者で、見知らぬ娘に一目ぼれをしてまいます。しかし、浅草十二階の上から見つけたので、娘を探すことができません。
この「遠目がね」によって、「兄」の身に奇妙なことが起こります。
「遠目がね」を持っていたら本当に起こるのでないか、と思わされるリアリティのある描写には、思わず鳥肌が立つことでしょう。
「兄」は無事に娘を見つけることができるのですが、実は娘は……。
現代と過去が入り混じる、時空を超えているような気持ちにさせられていくことでしょう。そして老人の語り口調が、まるで自分に語りかけてくるような錯覚に陥りますよ。
『押絵と旅する男』の魅力とは?
浅草十二階を追体験できる
この物語の舞台である浅草十二階は1890年に建てられ、関東大震災で半壊し解体されるまでは浅草のシンボルでした。
当時の浅草は、吉原や見世物小屋が建ち並ぶ歓楽街だったそうです。さぞ賑やかだったのでしょう。
浅草十二階の中には、外国の品物を売る店が並んだり、戦争絵が飾られたりしていたとか。
また、日本初の美人コンテスト「東京百美人」が開催され、コンテストの写真も貼り付けられていたそうです。
浅草十二階は多くの作家を魅了したといいます。乱歩もその一人だったのでしょう。
乱歩は本書で、浅草十二階の内部の様子や、浅草十二階からの景色を生々しく描いています。また、このような一文が登場します。
兄はこの十二階の化物に魅入られたんじゃないかなんて、変なことを考えたものですよ。
浅草の町に佇む浅草十二階、人々の欲望が渦巻くようなその場所、何か奇妙なことが起こっても不思議ではなさそうです。
私は『押絵を旅する男』を読んで、自分が浅草十二階の中にいるような錯覚に襲われました。
今は無き浅草十二階に自分が立っているような、なんともいえない気持ちにさせられるのが、この物語の魅力のひとつです。
『押絵と旅する男』の鮮やかな色彩
この物語は「私」が「押絵と旅をしている老人」に出会った日のことを振り返るところから始まります。
「私」は、あの老人との出会いが夢であったとしても、あのような濃厚な色彩を持った夢を見たことがない、と語ります。
「私」の言うとおり、この物語は、とても色彩に富んだお話です。老人が持っている押絵の鮮やかさ、老人が語る昔話の中に見える、かつての日本が持っていた鮮やかな情景が、浮かんでくるよう。
それがとても幻想的で、ぞっとするような美しさがあり、読み終わった後も夢を見ているような気持ちにさせられます。
まさに蜃気楼……現実か夢なのか、わからなくなる。危うく、あちらの世界に引っ張られていってしまいそうな江戸川乱歩の巧みな表現力に、翻弄され続ける一冊です。
奇妙な世界に案内してくれる一冊
わたしは大学からの帰り道、がらんとした電車の中で、この作品を読みました。それからというもの、人のあまり乗っていない電車に乗るたびに、なんとも言えない不安な気持ちになるのです。
老人の言う「身の上話」の結末はどうなるのか。明治時代の浅草の雰囲気を感じながら、ぜひ読んで確かめてみてください。
きっとあなたを奇妙な世界に、連れて行ってくれるはずですよ。
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