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『フランドン農学校の豚』宮沢賢治|冒頭がない隠れた名作【連載コラム】


 

こんにちは、文学好きのアオノです。

突然ですがみなさん、豚肉は好きですか? わたしは大好きです。美味しいですよね、とんかつとか、生姜焼きとか。

連載コラム「文学の種」第2回目の今回は、宮沢賢治が書いた、ある豚のお話。

『フランドン農学校の豚』

『フランドン農学校の豚』
宮沢賢治(著)、 三起商行

フランドン王国で「家畜撲殺同意調印法」が発令された。それは、家畜を屠殺(とさつ)する前に、家畜から「死亡承諾書」を取らなくてはいけない、というもの。フランドン農学校で飼われていた豚は、いつか殺されることを知りながら、承諾書に判を押すことに……。


あらすじを読んだだけでもなんだか哀しいこのお話。

一言でいうと「豚が屠殺されるまでのお話」。つまり、豚が食肉になるために殺されるまでのお話です。

「命を大切に食べる」という食育にも通じるお話になっていますが、ただの「食育」の話ではないところが『フランドン農学校の豚』の面白いところ。

またこのお話、なんと冒頭がありません。消失しているのです。賢治が亡くなった後に出版された作品で、タイトルも全集の編集者によってつけられました。途中から始まるアンバランスさが、わたしにはたまらなく魅力的に感じられます。

オリジナルのタイトルがわからない、冒頭もない、けれど確かに賢治の物語で、わたしは隠れた名作だと思っています。

それでは、この豚にどのような運命が待ち受けているのでしょうか?

 

「死亡承諾書」に印を押す恐怖とは

まず『フランドン農学校の豚』の恐ろしいところは、豚が「自分がいつか殺されて食肉になる」とわかっていながら、承諾書に印を押すことを迫られるところです。

自分だったら、とぞっとしますよね。夢に出てきそうなシチュエーションですね。

農学校の校長は「どうせみんないつかは死ぬんだから印を押せ」と言うのです。さらには、豚の体は学校のおかげでできたんだ、と恩に着せるわけです。

想像してみてください。それに印を押すということは「いつでも殺していいですよ」と言っているようなもの。そんな承諾書、印を押せるわけないですよね。

わたしたちだって、先の嫌な予定がわかっていたら、毎日憂鬱に過ごすことでしょう。試験とか、宿題をやっていないのに学校に行かなくちゃ、とか、とても憂鬱な仕事とか、どんな些細なことでも、憂鬱になるものです。

些細なことでも気分が落ち込むのに、豚は【死】を目の前にしているのです。自分がいつか殺されるとわかっていながら育てられることが、どれほどの恐怖なのか、想像を絶しますよね。

そして豚は、その恐怖に押しつぶされ、いやだいやだと言いながら、殺される日を待つしかありません。

さらに悲劇なのは、フランドン農学校の豚は、人の言葉がわかり、人の言葉を喋ることができる、ということです。

それがなぜ悲劇なのでしょうか?

 

一歩引いて見た「フランドン農学校」と「豚」

豚は人の言葉がわかるので、農学校側が早く自分を殺したがっているのが、会話を聞いてわかってしまうのですね。

しかし本書のすごいところは、豚の気持ちを描きながら、今起こっている事実が淡々と描かれていくところです。

殺される恐怖におびえる豚と、早く豚を食肉にしたい農学校の様子が、賢治の独特の言葉のリズムで綴られていきます。どこか一歩引いた目線から、豚と農学校の様子が描かれているため、恐ろしい光景を読みながらも、おとぎ話を読んでいるような気持ちにすらなるのです。

本作は、宮沢賢治作品の中でも、とても残酷なお話の部類に入る作品です。

そもそも賢治はなぜ、こんな残酷なお話を書いたのでしょうか。

 

『フランドン農学校の豚』はなぜ書かれた?

賢治は花巻農学校で教師をしていました。教師時代に、農学校の収穫祭で、同じように豚を殺したことがあるそうです。その経験から、動物を殺して「命を食べる」ことについての残酷性を描いたのでしょう。
また、賢治は菜食主義を貫いていた時期がありました。そんな賢治からの「もっと感謝して食べなさい」という強いメッセージも感じます。

わたしは豚肉も好きだし、牛肉も鶏肉も大好きです。もちろん魚も大好き。毎日の食事が「命を食べる」ことだとわかっていても、つい「命を食べる」ことがどういうことか、忘れてしまいがちになるのではないでしょうか。

『フランドン農学校の豚』を読むと、そのことをはっと思い出させてくれて、もっともっと、生きるために食べる「命」に感謝をしなければいけないなと思えるのです。

本書は、豚があまりに残酷な経過をたどり、わたしたちが「食べる」ことへと繋がっていくことを、思い出させてくれるお話なのです。

 

「命を食べる」ということ

文中にこんな言葉が出てきます。

一体この物語は、あんまり哀れ過ぎるのだ。

あまりに哀れで残酷な賢治の物語。ですが「命を食べる」ことについて今一度考えさせられる作品です。
フランドン農学校の豚は、どのような終わりを迎えるのでしょうか。

賢治もこんな作品を書くんだなぁとわたしも驚きつつ読んだので、ぜひ読んでみてください。

 


今回ご紹介した書籍

フランドン農学校の豚
宮沢賢治(著)、 三起商行


 

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