売上部数は全世界で6000万部以上!永遠の青春小説『キャッチャー・イン・ザ・ライ』とは
全世界で売れたベストセラーの一つに、J・D・サリンジャーの『The Catcher in the Rye(キャッチャー・イン・ザ・ライ)』があります。
邦題は『ライ麦畑でつかまえて』。こちらのタイトルの方が馴染みがある!という人もいるかもしれません。
売上部数はなんと6000万部数以上。この驚異的な記録を叩き出した『キャッチャー・イン・ザ・ライ』はどのような作品なのでしょうか。その魅力に迫りたいと思います。
日本では、野崎孝さんが翻訳したものと、村上春樹さんが翻訳したものが売られています。今回のコラムでは、野崎さんの翻訳したものは訳者解説のみを参考にし、基本的には村上春樹さんが翻訳したものに沿って、書いていきます。
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』あらすじ
『The Catche in the Rye』
J.D.サリンジャー(著),村上春樹(訳)
白水社
主人公のホールデンは、17歳の少年。成績不良により高校の退学処分をくらってからの3日間(当時は16歳)の「とんでもないどたばた」を、口語で読者に語る趣向になっています。
物語はこのような出だしからはじまります。
こうして話を始めるとなると、君はまず最初に、僕がどこで生まれたかとか、どんなみっともない子ども時代を送ったかとか、僕が生まれる前に両親が何をしていたかとか、その手のデイヴィッド・カッパフィールド的なしょうもないあれこれを知りたがるかもしれない。でもはっきり言ってね、その手の話をする気になれないんだよ。(村上春樹翻訳:p5)
最初から最後まで、このような口調で話は進みます。私はホールデンの独特な言葉遣いにハマってしまい、スイスイと1日で読み切ってしまいました。
本書は、若者たちの心をとらえつづける「永遠の青春小説」と言われていますが、どういう部分が支持されている理由なのでしょうか。
一言で言うならば、本書が「思春期特有の生きづらさを代弁している小説」だからだと思います。具体的にはどのような内容なのでしょうか。
インチキな大人への反抗心と、大人になりつつある「16歳」の心理
「幸運を祈るよ」と歴史のスペンサー先生に言われて、反射的に嫌悪を感じ、自分ならばそんなことは絶対に言わないだろうと思うホールデンの感覚は、たとえば、葉書などに「ご多幸を祈る」と書くことに抵抗を感じたことのある日本人ならば、容易に理解することができるはずだ。祈りもしないのに祈ると言い、祈る対象すら持たぬ人間が祈ると書く??その無神経、そのインチキさ。更には「幸運とは何か」、相手の「幸運を祈る」とは具体的にどういうことか、それを考えもしないで安易に口にする無責任さ。(野崎孝氏による訳者解説より)
「子どもが持つ大人への反抗心」というのは、本書のテーマの一つ。
本書では、何度も「インチキ(な大人)」という言葉が出てきます。嘘ばっかりの大人と純朴な子どもの対立は、いつの時代にも繰り返される回避不能な現象であり、若者たちが共感するにはぴったりの題材です。
また、単に大人へ反抗しているだけでなく、大人を嫌悪しながらも、大人になりつつある思春期の微妙な心理状態を描いているのも魅力ではないでしょうか。
主人公のホールデンは、大人と子どものはざまの【16歳】。「幸運を祈る」という言葉に嫌悪感を抱きながらも、社会で生きて行くためには「お目にかかれてうれしい」と言わなくてはいけない……自身の意に反した言葉も言わなくてはならないと諦める姿は、ホールデンが大人になりつつある象徴的なシーンと言えます。
現実へのいら立ち
「なにしろインチキ野郎の巣窟みたいなところでさ、そこでみんながやっていることといえば、いつの日にかろくでもないキャディラックを買えるくらいの切れ者になるべく、せっせと勉学に励むことだけ。そしてもし我が校がフットボールの試合に負けたら、それこそ天下の一大事みたいに思い込まなくちゃならないわけだよ。やることといえば女の子と酒とセックスの話、それだけ。一日中その話だ。そして誰もが、ちっぽけで陰険な派閥みたいなのをつくって、身内でかたまりあっている。(中略)
そこからまともなことを得てるような連中もいくらかはいる。でも僕にとっちゃ、まともじゃないことしかないんだ」(村上春樹翻訳:p221-222)
作中、ホールデンは、学校がなぜ嫌いなのかを雄弁に語ったり、自己嫌悪のあまり自殺を考えたり(一瞬考えるだけですぐに忘れます)、銃で嫌いな相手を撃っている妄想をしたりします。理解してもらえず、常に苛々しています。
常に「孤独だ」と言いながら、理解してくれる人間を探し続けるホールデン。自己愛にまみれ、自分の考えが絶対で、それ以外の考えを受け付けることはありません。
心の繋がりを渇望しながらも、周囲と迎合しようとしないのは、思春期あるあるの矛盾点ではないでしょうか。
子どもに対するあたたかいまなざし
誰かが(小学校の)壁に「ファック・ユー」って書いていたんだ。それを見て僕はほんとに頭が変になるところだったね。僕はフィービーとか、小さな子供たちがそれを見て、「これはどういう意味なんだろう?」と首をひねるところを想像した。それからどっかのいやらしい子どもがそれが何を意味するのか教えちゃうんだよ。もちろんとことん歪めてということだけどね。おかげでみんなは二日くらいそれについて考えて、あれこれと気に病んだりもしちゃうわけだ。そんな落書きをしたやつを殺してやりたい、と僕はひとしきり考えた。(村上春樹翻訳:p340)
作中、ホールデンが、子どもや弱いものを守ろうと強い正義感を振りかざすエピソードが複数出てきます。
本書では、子どもの気持ちがわかるがゆえの「あたたかいまなざし」を強く感じるのです。
自分より年下の子どもに対しては、背伸びをして大人ぶる一面などは、私もこういう時代があったなと、ノスタルジックな気持ちになりました。
不朽の名作『キャッチャー・イン・ザ・ライ』
いかがでしたか?
インチキな大人への反抗心、大人になりつつある「16歳」の心理、現実へのいら立ち、子どもに対するあたたかいまなざしなど、思春期ならではの感性が詰まった『キャッチャー・イン・ザ・ライ』。
私は大人ですが、いつ読み返してもホールデンの感性はどこか懐かしく、つい感慨にふけってしまいます。
これまでの内容を読んで、興味を持っていただけた読者のみなさまはぜひ読んでみてくださいね。
本日ご紹介した書籍
『The Catcher in the Rye』J.D.サリンジャー(著),村上春樹(訳)
→その他の訳の『The Catcher in the Rye(ライ麦畑でつかまえて)』
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