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中島敦著『山月記』こじらせた男が虎になって吠えるお話


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国語の教科書にもテストにも頻出する『山月記』を知っていますか?

一度は読んだり、タイトルだけでも聞いたことがあるのではないでしょうか?

アオノは、高校生の時に授業で読んだだけで、ストーリーもぼんやりとしか覚えておらず……

とりあえず、人が虎になって、月に吠えるんだよね!というところまでは思い出しましたが、『山月記』ってどんなお話だったんだろうなぁと、先日久しぶりに読み直してみました!

 

中島敦著『山月記』とは

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『山月記』
中島敦(著)、岩波文庫

唐の時代の中国に、李徴(りちょう)という、秀才がいた。彼は自尊心が高く、官吏(国家の役人)という役職だけでは満足できず、詩人になり名声を得ようとしていた。しかし官吏を辞めてから、詩人としても芽が出ず、妻子の為に下級官吏として働きだした。

やがて李徴はその屈辱的な生活に耐えられず、発狂して姿を消した。

翌年、李徴の旧友であり、監察御史(官吏の行いや、地方の役所を、監督のために見て回る役人)の袁傪(えんさん)が、仕事での旅の途中、林の中で虎に襲われそうになる。

その虎はかつての旧友、李徴であった。


 

やっぱり人が虎になったお話しでした!

しかし、アオノの高校時代の記憶はここまで。記憶がアバウトですね!!

当たり前ですが普通、人間は虎にはなりません。
小説とはいえ、いったい李徴の身に何が起こったのでしょうか?

かいつまんでご紹介します!

 

なぜ李徴は虎になったのか?!

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さて、袁傪と李徴、この二人は親友なのですが、袁傪は李徴が知らぬ間に偉い人になっていました。

李徴は偉くなった袁傪を見て「あいつは偉くなったのに、自分は虎になっちゃったし……こんな姿見せられない!恥ずかしい!」と草むらに姿を隠したまま会話をします。

でも、李徴がどうして虎になってしまったのか、それは袁傪も気になったのか、袁傪は思いきって李徴に訊いてみることにしました。

李徴が言うには、自分が虎になったのは「自分の内面にふさわしい姿」になってしまったから、とのこと。

それは一体、どういうことなのでしょうか?

 

自分の内面にふさわしい姿とは?

李徴はとても秀才で、若いころに良い役職についたにも関わらず、詩人になりたいと思っていたんですね。というのも、この李徴、あらすじにも書いたとおり、とても自尊心が高い人だったんです。

その自尊心の高さは、相当なもので「自分には才能がある」と固く信じていたわけです。

今で言ったら、ちょっとこじらせている大人ですよね。

なので、詩人として成功すると思っていたし、自分は他人とは違うから、自分よりレベルの低いひととは付き合いたくないし、平凡な人間だと思われたくもなかった。

しかし一方では、心のどこかで自分の才能を疑っている一面もあり、努力をすれば才能がないとばれてしまいそうで、詩を先生から習うことも、詩を書いている仲間と切磋琢磨して、腕を磨くこともしなかったんですね。

その結果、李徴は孤立していき、妻子を苦しめ、友人を傷つけてしまったのです。

 

それで結局どうなった?

結局李徴は、詩人になるぞ!と仕事を辞めたはいいけど、詩人としての芽も出ない。
家族を養わなくちゃいけないので、お金をかせぐために地方の役人になったはいいけれど、自分がかつて見下していた人たちが、自分よりも昇格していた。

その下で働くなんて屈辱だ!と思ってしまい、ついに発狂。

そして、気が付くと虎になっていた、というわけです。

 

『山月記』と『人虎伝』が決定的に違うところ

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『山月記』の元になっているのは『人虎伝』という中国の物語です。

登場人物は、虎になってしまった李徴、そして友達の袁傪なのですが、このふたつの物語、あることが決定的に違います。

それは、李徴が虎になった根本的な理由です。

『人虎伝』の李徴は、南陽の郊外で未亡人と恋に落ちたところ、未亡人の家族に咎められて彼女と会えなくなってしまいます。
それに腹を立てた李徴は、彼女の家に火をつけて一家を焼き殺してしまうのです。

李徴は人間としての心を完全に失くしてしまったんですね。虎になっても仕方ない……。

中島敦は『山月記』を書くときに、そのエピソードを丸々カットしています。『人虎伝』では、家に火をつける、という非人道的な行いをはたらいている李徴ですが、『山月記』では、李徴の内面のみの要因で虎になったと考えられています。

そこがますます、「虎」という存在が、堕ちた自分自身の心によって変身してしまった獣だと感じられる『山月記』のおもしろいところだなと思います。

 

自分の中の「猛獣」を見つめる

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『山月記』の李徴はこのように言っています。

「人間は誰でも猛獣使いであり、その猛獣というのは、その人の性質や心である」と。

だから人間としての心を失った自分は、猛獣になってしまったのだと語ります。

しかし思い返してみれば、誰もが一度は、李徴のように考えたことがあるのではないでしょうか。
自分は他人とは違うと思い、尊大に振舞ってみたり、自尊心を傷つけられることを怖がり、やればできるのだと努力を怠ったり。

そういったものをコントロールできる者こそ人間であったのだと、李徴は考えるわけです。

あなたの中に「猛獣」は住んでいるでしょうか? またそれはどんな猛獣ですか?
誰もが抱えているだろう自分の中の「猛獣」を、一度見つめなおしてみるのもいいのかもしれませんね。

 

李徴は人間に戻れるのか!?

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文庫版ではわずか10ページほどの短い物語です。しかしその中で、人の内面を鮮明に映し出し、私たちに自分はどうなのだと、問いかけてくるような作品ですよね。

さて、こうして虎になってしまった李徴、はたして彼は人間に戻れるのでしょうか?

ぜひ読んでみてくださいね。

 

今回ご紹介した書籍
山月記・李陵 他九篇』中島敦(著)、 岩波書店

 

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