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「星の王子さま」の作者サン=テグジュペリは戦時中に撃墜されていた


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名作「星の王子さま」で知られるフランスの小説家、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ。

彼は、小説家になる以前、パイロットをしていたことをご存知でしょうか。

「星の王子さま」は、不時着したパイロットと不思議な少年の交流を描くファンタジー作品ですが、サン=テグジュペリはこの小説の他にも、パイロットについて描いたたくさんの小説を残しています。

貴族の家に生まれ、幸せな少年時代を送ったサン=テグジュペリですが、その生涯の最後は、コルシカ島での偵察飛行で行方不明になるというものでした。

今回は、空にかけたサン=テグジュペリの生涯をご紹介します。

 

空への憧れと郵便飛行士時代

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サン=テグジュペリは、1900年にフランスのリヨンで生まれます。貴族の家に生まれ、自然に囲まれて、家族に愛された幸せな少年時代を送りました。

幼い頃から空に憧れ、自ら志願して兵役で航空隊へ入隊しますが、ルイーズという女性との婚約によって、一時は除隊します。しかし、ルイーズとの婚約が破綻すると、再びパイロットの道へ。ラテコエール航空会社(のちのアエロポスタル社)に就職し、郵便飛行のパイロットとして働き始めます。

当時は、今ほど航空技術の発達していない時代で、飛行機に乗るということは常に命の危険と隣り合わせでした。パイロットたちの多くは、その飛行の途上で、墜落や遭難によって命を落としたのです。

サン=テグジュペリ自身も、「カサブランカ」-「ダカール」間の飛行中、サハラ砂漠に墜落した経験を持ちます。これがのちの名作「星の王子さま」の元になっていることは間違いありません。

 

パイロットとしての体験を描いた小説を発表

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サン=テグジュペリは、1927年にモロッコ南部・サハラ砂漠の海岸沿いにあったラテコエール社の中継基地、キャップ・ジュビーの所長に任命されます。その時の体験を元に書き上げたのが、処女作である「南方郵便機」でした。

1931年には「夜間飛行」を発表し、1939年に発表した「人間の土地」ではアカデミー・フランセーズ小説大賞を受賞します。「人間の土地」は英語に翻訳され、アメリカでもベストセラーとなります。こうしてサン=テグジュペリは作家としての名声を確立していきました。

 

「星の王子さま」のバラのモデル、コンスエロとの出会い

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「南方郵便機」を発表したその年、サン=テグジュペリは赴任先のブエノスアイレスで、エルサルバドル出身の女性・コンスエロと出会い、1931年に結婚します。とても気の強い女性で、結婚生活は波乱に満ちたものだったようですが、二人は強い愛情で結ばれていました。コンスエロは、「星の王子さま」に出てくる、王子さまと喧嘩をしたバラのモデルとも言われています。

「星の王子さま」の献辞は、友人のレオン・ウェルトに捧げられていますが、サン=テグジュペリは「星の王子さま」の続きを書いたら、その献辞はコンスエロに捧げることに決めていました。

きみはもうトゲのあるバラではないだろう、いつも『星の王子さま』を待っている夢の王女さまになるだろう……

「サン=テグジュペリ 伝説の愛」(p.128)

 

亡命先のアメリカで書かれた「星の王子さま」

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第二次世界大戦が始まると、サン=テグジュペリも召集され、1939年にはオルコントの第33-2偵察飛行部隊に所属してパイロットを務めます。しかし、ヴィシー政府がドイツと講和をし、サン=テグジュペリはアメリカへ亡命します。

サン=テグジュペリでのアメリカでの亡命生活は孤独なものだったようです。英語を学ばなかったサン=テグジュペリにはなかなか友人もできず、またアメリカでの亡命フランス人同士の対立にも巻き込まれました。

孤独な亡命生活を送るサン=テグジュペリに対し、アメリカの出版社のオーナー、カーティス・ヒッチコックが、彼の気をまぎらわせようと、童話を描くことを提案します。その提案を受けて書かれたのが、あの名作「星の王子さま」でした。

 

 

偵察飛行で消息を断つ、その非業の最期

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「星の王子さま」が出版された翌年の1944年、サン=テグジュペリは再びフランスへ戻り、パイロットとして偵察飛行に出ることを決断します。そして、コルシカ島での偵察飛行を最後に、消息を断つのです。

サン=テグジュペリがどんな最期をとげたのか、長い間謎に包まれていました。
しかし、2004年になって、マルセイユ沖でサン=テグジュペリが乗っていたと思われる飛行機が発見され、2008年には、元ドイツ軍パイロットが仏紙プロバンスに対し、サン=テグジュペリを撃墜したのは自分であると公言し、パイロット自身もサン=テグジュペリのファンだったと明かしました。

参考:2008年3月17日 AFP「「星の王子さま」著者を撃墜、元独軍パイロットが証言」

 

まとめ

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パイロットとして生き、その生涯を空で終えたサン=テグジュペリ。彼の残した「星の王子さま」は世界中で愛され、世界で1億4500万部以上も発行され、2700以上の言語に翻訳されています。

激動の時代の中で、フランスを愛し、空を愛したサン=テグジュペリ。彼の作品は、今も世界中の人々の心をとらえ続けています。

【参考文献】

■「『星の王子さま』隠された物語
鳥取絹子/著、KKベストセラーズ

■「サン=テグジュペリ 伝説の愛
アラン・ヴィルコンドレ/著、鳥取絹子/訳、岩波書店

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの書籍を調べる

 

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ライター

ラッテ
3度の飯より本が好き。興味のおもむくままに、いろいろな分野の本を読んでいます。特によく読むジャンルは、IT、美術、語学、旅行、インテリア、漫画など。本好きが高じて、書店員をしていたこともあります。