太宰治『ヴィヨンの妻』|ヴィヨンの妻になった女性とは?
更新日:2017/12/27
こんにちは、アオノです。
かの有名な文豪、太宰治の作品に『ヴィヨンの妻』という作品があります。
『ヴィヨンの妻』って、タイトルだけ聞いても、誰のことかさっぱりわかりませんよね。
それって誰のこと?そもそもヴィヨンって何? など、読んだことがない方であれば、さまざまな疑問が湧いてくると思います。
ここでは、まだ読んだことがない方にもおすすめしたい太宰治の作品、『ヴィヨンの妻』の魅力をご紹介します。
『ヴィヨンの妻』あらすじ
『ヴィヨンの妻』
太宰治(著)、新潮社ほか
~あらすじ~
大谷は男爵の次男であり、有名な詩人である。
ある日、大谷が常連の小料理屋・椿屋から金を奪って逃げた。妻のさっちゃんは、金がととのうまでは店を手伝うと、椿屋で働き始める。そこへ、見知らぬ女を連れた大谷が現れ……。
戦後の日本、放蕩詩人・大谷とその妻を描く、太宰治晩年の短編小説。
この物語の主人公は、大谷の妻・さっちゃん。すべてさっちゃんの語り口調で書かれており、「です」「ます」で綴られる、上品な言葉づかいが特徴的です。
さっちゃんこそ、まさに「ヴィヨンの妻」なのです。
「ヴィヨンの妻」とは
「ヴィヨン」とは、実在した人物の名前で、「フランソワ・ヴィヨン」という15世紀のフランスの詩人をさします。
フランソワ・ヴィヨンは、放蕩無類の生活を送り、強盗事件などを起こしてパリを追放されました。さっちゃんの夫である大谷も、ヴィヨンのように放蕩三昧な生活を送っている詩人です。
この物語は、放蕩詩人 大谷の妻・さっちゃんの語りで描かれているので『ヴィヨンの妻』なのです。
そして作中でも大谷=ヴィヨンに見立てて、妻であるさっちゃんが涙するシーンがあります。
それから、ふと思いついて吉祥寺までの切符を買って電車に乗り、吊革にぶらさがって何気なく電車の天井にぶらさがっているポスターを見ますと、夫の名が出ていました。それが雑誌の広告で、夫はその雑誌に「フランソワ・ヴィヨン」という題の長い論文を発表している様子でした。私はそのフランソワ・ヴィヨンという題と夫の名前を見つめているうちに、なぜだかわかりませんけれども、とてもつらい涙がわいて出て、ポスターが霞んで見えなくなりました。(新潮文庫 106ページより)
さっちゃんの夫・大谷も、男爵の次男であり、帝大にすすみ、ドイツ語やフランス語もできるという男。
しかし家族には勘当され、金もないのに酒をふるまって借金を増やし、一度家を出ると、3~4日帰ってこないこともあり、しまいには椿屋の金を盗んだのです。
まさに「大谷=フランソワ・ヴィヨン」! さっちゃんは大谷に、ヴィヨンを重ねたのでしょう。
そして、太宰は大谷に自分を重ねていたのかもしれません。
生きてさえいればいい
本作は、太宰が亡くなる約1年半前に書かれた作品です。
『ヴィヨンの妻』は「死」に言及するというよりも「生きてさえいればいい」ということが描かれています。
新潮文庫版の解説で、亀井勝一郎氏はこう書いています。
彼はつねに彼を描いた。作品はすべて告白の断片にすぎない。
そして、大谷はまさに太宰のような男です。太宰は亡くなる約1年半前、大谷とさっちゃんを通じて、「どんな人間でもいい。生きてさえいればいい」というメッセージを、どんな想いで書いていたのでしょうか。考えると胸が痛くなります。
ちなみに太宰の妻・津島美智子さんは、太宰をフランソワ・ヴィヨンにたとえた詩を太宰に送ったことがあるそうです。
太宰はもしかしたらさっちゃんにも、妻・美智子さんを投影していたのかもしれませんね。
この「ヴィヨンの妻」こと、さっちゃんは、とても素敵な女性です。この物語の魅力は、まさにさっちゃんにあります。
ヴィヨンの妻・さっちゃんの魅力
さっちゃんは、20代半ばの若い女性です。こんな放蕩詩人の夫を持ちながら、さっちゃんはとても健気なんです。
大谷がこしらえた借金を返すため、さっちゃんは椿屋で働くことを決めました。
理由は、借金返済だけではありません。働く為に身なりを整えれば気持ちが明るくなり、椿屋に行けば、夫に逢えるかもしれない、という希望もありました。
実際大谷は2日に1度くらいは飲みにきたし、大谷と共に楽しく家に帰ることもあったのです。さっちゃんはそのことを、幸福に思うんですね。
さっちゃんの健気さと力強さが、戦後という暗い時代に流されながらも、強く生きようとする女性の姿を描いているようで、わたしはさっちゃんを応援したくなりました。
さっちゃんがいることで、暗く辛い時代と人間模様を描く『ヴィヨンの妻』の世界がどこか優しく思えるのです。
しかし、さっちゃんのように生きていくことができない人もいました。
罪人ばかりの椿屋
さっちゃんは、椿屋に来る人がすべて犯罪人であることに気づきます。
そして、この店に来る人や、町を歩いている人のように「後ろ暗いこと」がひとつもなく生きていくのは不可能だと思い始めます。
後ろ暗いことがない人なんて、今の時代にもきっといないでしょう。だからと言って罪人ばかりではありませんが、さっちゃんは罪人になりたくなかったのでしょう。
しかし年が明けた正月の末、さっちゃんの身にある「後ろ暗いこと」が起こります。
神様がいるなら、出て来て下さい!
事件の話が始まる冒頭の一文です。それからは、さっちゃんの口調で淡々と事件が語られていきます。
この事件を、大谷は知りません。大谷だけでなく、誰も知ることはないのです。
健気に生きていたさっちゃんの身に何が起きるのでしょうか。読んで確かめてみてくださいね。
後を引くさわやかな読後が味わえる
太宰の小説のなかでも、読みやすい作品だと思います。
さっちゃんの語りに引き込まれていき、後を引くけれどさわやかな読後感を味わえますよ。ぜひ読んでみてくださいね。
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『ヴィヨンの妻』
太宰治(著)、新潮社ほか
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