文豪作品を読もう!耽美派・谷崎潤一郎の甘美なおすすめ代表作10選
耽美派の第一人者、谷崎潤一郎。
耽美派というのは、道徳や常識を超越し、あくまでも美を追求した文学のこと。本を開くとそこには、妖しく艶かしい浪漫が拡がっており、非現実的な美しい文章には惚れ惚れするばかりです。
谷崎潤一郎の作品には、変態的な性的嗜好が描かれたものも多く、共感するにはあまりに難しい内容です。ではなぜ、これだけ多くの人に愛されているのでしょうか?
一言で言うと「美の極致であるから」という言葉に尽きます。
読めば読むほど、深い淵にはまってしまう耽美派。禁じられたものほど惹かれてしまうのは人間の性なのでしょう……。
一度はまったらなかなか抜け出せないその甘美な世界をぜひ体感してみてください。
若き刺青師のフェティシズム
『刺青』
『刺青・秘密』
新潮社
~あらすじ~
奇警な構図と妖艶な線で名を知られた、若き刺青師(ほりものし)の清吉が主人公。
清吉の宿願は「光輝ある美女の肌を得て、それへ己れの魂を刺り込む事」。自分の理想となる肌を探し続けるものの、容易には見つかりません。
そして、ある日、自分の追い求めていた肌を見つけます。それは、十六・七の娘でした……。
谷崎作品の代表作と呼ばれる作品。
主題は、いわゆる「フェティシズム」。肌を針で突き刺した時の苦しき呻き声が激しければ激しいほど、言葉にかえがたい喜びを感じる男・清吉。それだけでも倒錯した性的嗜好ですが、理想とする肌を持つ娘に出会ったとき……彼がとった行動は常軌を逸しているとしか言いようがありません。
また、その娘が最後につぶやく「お前さんは……」から始まる一言には、言葉を失いました。
また、「娘」という表記が、いつしか「女」に変わっているのも読みどころの一つですよ。
少年たちのいびつなマゾヒズム
『少年』
『刺青・秘密』より「少年」
新潮社
~あらすじ~
主人公は、10歳の少年・栄。いつもいじけていて「弱虫」とされているお坊ちゃんの信一が、餓鬼大将の仙吉を支配していることをある日知ります。
信一が、仙吉の顔や体を踏みにじる姿を見ながら、密かに心を轟かせる栄。そして、栄も、信一に全身を舐められ心を征服されるようになります。
残忍な遊びを続ける3人。信一の姉・光子が登場し、その関係はいびつに変わっていきます……。
いわゆる「マゾヒズム」を主題に置いた作品。
「マゾヒズム」は谷崎作品の中ではよくテーマに挙げられますが、10歳の年端もいかない少年たちを描いていることもあり、谷崎作品のなかでも特に残酷な作品だと評価されています。
作中、主人公・栄の倒錯した性的嗜好が花開き、彼をすっかり変態的な奴隷へと変えてしまう描写には、ぞっと鳥肌が立ちます。彼が正常な姿に戻ることはもうありません……。
グロテスクな表現もあるので読むときにはご注意ください。
少女愛者と心理的マゾヒズム。ふたりの行く末は?
『痴人の愛』
『痴人の愛』
中央公論新社
~あらすじ~
主人公は、電気会社の技師であり、生真面目が取り柄の28歳の男・譲治。譲治は、浅草のカフェで働く15歳の美少女・ナオミに惹かれ、求愛し、「僕の理想にかなった女」に育てあげていきます。
「ナオミを十分に教育し、偉い女、立派な女に仕立てる」ことを目標としていた譲治でしたが、ナオミが自分の期待したほど賢い女ではなかったことに失望します。
しかしその一方で、ナオミの肉体は、譲治の理想以上に成熟していき、その美しさに譲治は支配されていくのでした……。
こちらは「少女愛者」「心理的マゾヒズム」を軸に描かれた作品です。
ナオミの肉体の魅力に取り憑かれ、「ナオミの成長」と題する一冊の日記帳を綴る譲治。どんな非道い仕打ちをされても恋焦がれるその執念……。客観的に見ると譲治はぞっとする男なのですが、読んでいるとどんどん譲治を応援したくなるのが不思議ですね。
面白いのは、「二人のその後」が描かれていること。刹那的な恋愛を描いた作品は短期間ものが多いですが、こちらの作品が終わる頃には、譲治は36歳、奈緒美は23歳になっています。二人の行く末はいったいどうなったのでしょう?
谷崎作品の美の最骨頂
『春琴抄』
『春琴抄』
新潮社
~あらすじ~
不幸にして盲目となった資産家の美少女・春琴と、春琴に仕える丁稚・佐助の物語。
春琴は、芸において天賦の才を持っている一方で、傲慢な性格で多くの人間から恨みを買っていました。美貌というのも妬みの対象となっていました。
そしてある日事件は起こり、佐助は衝撃的な行動に出ます……。
本書では、「マゾヒズムを通り越した愛のあり方」が描かれています。
佐助は献身的に春琴に仕え、春琴はその奉仕を求め、ストーリーは壮絶な展開を迎えます。佐助の自己犠牲っぷりは読んでいて心が痛くなりつつも、「わたくしは不仕合わせどころかこの上もなく仕合わせでござります」と泣いて喜ぶ佐助をどうして否定できるでしょうか。
まさしく「究極な愛の形」。これほどに一人の人間を愛することができるなんて、奇跡としか言いようがありません。
個人的には「谷崎作品の美の真骨頂」である作品だと思っています。
同性愛と複雑に絡み合う男女関係を描いた傑作
『卍』
『卍』
新潮社
~あらすじ~
主人公・園子は、美術学校で知り合った光子と同性愛の関係に陥ります。
光子の魅力に取り憑かれる園子ですが、光子には綿貫という婚約者もいたことが、光子の妊娠で発覚。さらに光子と園子の夫・孝太郎との間にも関係が……。卍のように絡み合った関係は最終的に悲劇の結末を迎えます。
生々しい女性の愛の深さと危うさが描かれた作品です。
同性愛と三角関係という複雑に絡み合った愛と憎悪を、主人公園子が先生へ語るという形で綴られています。泥沼のような物語でありながら、谷崎ならではの独特の耽美さが漂っているのはさすがとしかいえません。
大阪の旧家四姉妹の波乱の物語
『細雪』
『細雪』
新潮社
~あらすじ~
大阪の旧家・蒔岡家の四姉妹鶴子・幸子・雪子・妙子。長女鶴子と次女幸子はそれぞれ婿養子を取り、本家・分家を継ぎますが、三女雪子は縁談を繰り返すものの、なかなか婚約に至りません。一方、四女妙子は波乱万丈な恋愛を繰り返します。
本書では、旧家の四姉妹の個性的な日常が描かれています。
作品中の会話では船場言葉が使われ、上流階級の煌びやかさとその崩壊の美について描かれた内容となっています。一方で雪子と妙子の姿には、女性の細かい心情がよく表現されています。最後の雪子の描写は一種のアイロニーなのでしょうか?
老人の性倒錯を描く日記体小説
『瘋癲老人日記』
『鍵・瘋癲老人日記』
新潮社
~あらすじ~
77歳の督助は、身体的・性的に不自由な身でありながら、息子の嫁である颯子に性的な感情を抱きます。とりわけ颯子の美しい脚に魅せられると同時に「踏まれたい」という欲望を持ち、颯子の足の形の仏足石を作り始めます。
老人の倒錯した性を滑稽に描いた作品です。
督助の日記という形で書かれていますが、脚に対する執念と颯子との関係の表現はシュールながらコミカル。督助は自分の思いを完全達成できたと言えるのではないでしょうか。この作品を書いたとき、谷崎も主人公と同年代だったという点も興味深いです。
自身の体験を描いた問題作かつ原点回帰作
『蓼喰ふ虫』
谷崎潤一郎全集(第14巻)
青塚氏の話/蓼喰ふ虫/三人法師 ほか
中央公論新社
~あらすじ~
性的不一致で不和となった夫婦、要と美佐子。子供の存在のため離婚を思いとどまっている状態です。あるときに、自分たち夫婦とは対照的な義父と義父の愛人お久との関係をうらやましく思うようになり、離婚を決意します。
離婚寸前の要と美佐子の関係、義父と義父の愛人お久との関係から、「夫婦のあり方」について考えさせられる作品です。現代社会にも共通する点も多いのではないでしょうか?また、夫婦の心情描写や、文楽人形とお久が重なる描写の美しさは谷崎らしさが溢れています。こちらの作品も谷崎の私生活とリンクしているという点が興味深いですね。
読まれるために書かれる日記が引き起こす結末は?
『鍵』
『鍵』
中央公論新社
~あらすじ~
性的な駆け引きのため、それぞれ相手に読ませるための日記を書く、学者とその妻・郁子。大学生木村を巻き込み、自身の倒錯を互いに日記に書きますが、学者は性的興奮のために健康を犠牲にした結果、病死。学者の死後、郁子は嘘の日記を書いていたことが明らかになります。
夫婦の日記という形で進む作品ですが、見られることを前提とした駆け引きであり、読み手はそれを盗み見るような感覚になります。これだけでも興奮させられるのですが、主人公・郁子の恐ろしい本心が夫の死後に初めて明らかになる、という結末はさらに衝撃的です。
谷崎文学ならではの「描写の美しさ」が堪能できる作品
『吉野葛』
『春琴抄・吉野葛』
中央公論新社
~あらすじ~
南朝伝説の取材のために吉野を訪れた「私」は友人の津村に案内を頼みます。津村は途中死別した母に対する思慕を語り始め、二人で津村の故郷、国栖へ向かうことになります。しかし、津村が「私」を案内したのには、別の理由がありました。
津村の母と津村自身の生い立ちがわかるようになるにつれ、母への惜慕が強い理由が明らかになってくるという流れに引き込まれる作品です。母への思いをテーマにしながらも、吉野の歴史や伝説、文楽の美しい描写が魅力ですが、さらに美しいのは津村の本当の目的とその達成。女性に対する思いがよく描かれています。
谷崎潤一郎の耽美派作品を読んでみては?
近代文学を代表する谷崎潤一郎。
美しく、禁じられた世界観にぜひ耽ってみてくださいね。
今回ご紹介した書籍
『刺青・秘密』(「刺青」「少年」)
『痴人の愛』
『春琴抄』
『卍』
『細雪』
『瘋癲老人日記』
『蓼喰ふ虫』
『鍵』
『吉野葛』
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