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読書は対話!こころに訴える「講演調」の名著


kouenkai-meicho突然ですが、世の中には文語と口語があります。本に書かれている言葉は基本的に、書き言葉「文語」ですね。この書き言葉というのは、口語からしだいに分かれ独自の路線で発展してきました。その一方、人間の口から発せられる生の声「口語」は長い間、本の世界ではマイナーな存在でしたが、口語の持つ文語とはことなる魅力が再認識され、本の舞台で口語は活躍の場を広げていきました。歴史的には、中国の白話運動、明治期日本の言文一致運動、あるいは海外では『ハックルベリー・フィンの冒険』における方言の使用などが、口語躍進の画期でしょうか。

しかし、もう一つ、文語と口語、そのいずれともいえない微妙な文体に、講演者が自分に向かって話しかけてくれているような「講演調」があります。口で発するのだから、口語のように思えますが「〜であります」に代表される、講演における調子は日常生活には類を見ません。とはいえ、文語と言うには威勢が良すぎるきらいがあります。筆者はこのなんとも言えぬ講演調、それも日本語による講演調に魅了されてきました。

残念ながら、講演を文字に起こした本というのは、小説や学術本と比較すると、名著案内等で取り上げられる機会が少ないように感じます。そこでこの記事では、講演の魅力がつまった名著をご紹介します。

 

1.『考えるヒント3』小林秀雄著

小林秀雄は、センター試験(あるいは共通一次試験)における難敵とされます。本人も書いているように小林秀雄は「書きながら考える」タイプの文筆家であるため、小林秀雄という方の文章は読みやすい文章とは言い難いです。晩年の『本居宣長』こそ、力の抜けた円熟の文体ですが、初期の『様々なる意匠』などは、非常に入り組んだ文体で、私も読んでいると頭がこんがらがってきます。

しかし、そんな難渋な小林秀雄も、講演となると幾分親しみやすくなります。小林秀雄の講演としておすすめなのが、『考えるヒント3』所収の「喋ることと書くこと」です。口語と文語の問題から、講演に関する所感を扱ったこの講演は、今読んでもなお新鮮であると思います。また、同じく『考えるヒント3』所収の「信ずることと知ること」には、小林秀雄の歴史観、科学観の基礎となる視点が講演という形でクリアに語られています。

小林秀雄の講演をまとめたものとして、代表的な『考えるヒント3』をあげましたが、『学生との対話』(新潮社)もあります。また、新潮社からは、講演テープ(CD)も出ていて、小林秀雄の意外と高い声から繰り出される味のある語り口が楽しめます。小林秀雄ファンとして知られる茂木健一郎さんは、ブログ「クオリア日記」で小林秀雄の語りを絶賛する文章を投稿しています。

⇒『考えるヒント3』小林秀雄著(文春文庫)
⇒『学生との対話』(新潮社)

 

2.『後世への最大遺物・デンマルク国の話』内村鑑三著

なにやらものものしい名前で、ゆえに筆者もしばらく購入を渋っていた本ですが、非常に力強く、読みやすい一冊です。『後世への最大遺物』とは、つまるところ「自分の死後に残すもの、業績」ぐらいの意味です。内村鑑三は『後世への最大遺物』について、お金か思想か、はたまた文学か、色々な寄り道の末、彼なりの答えに行き着きます。講演の醍醐味である、少々大見えを切った表現にも事欠きません。たとえば、少し長いですが、内村鑑三の源氏物語批判として有名な一節を引用します。

「なるほど『源氏物語』という本は美しい言葉を日本に伝えたものであるかも知れませぬ。しかし『源氏物語』が日本の士気を鼓舞することのために何をしたか。何もしないばかりでなくわれわれを女らしき意気地なしになした。あのような文学はわれわれのなかから根コソギに絶やしたい(拍手)」

この一節だけで、会場の熱気、内村鑑三のエネルギーを感じるに十分ではないでしょうか。

岩波文庫版に併録されている『デンマルク国の話』では、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン戦争敗戦後のデンマークの復興劇が語られます。土地にも恵まれず、物質的に豊かとは言えないデンマークの復興を通じて、内村鑑三が説く人間精神の不屈さ、内面的豊かさの重要性は、現代のわれわれにも強く響くのではないでしょうか。

⇒『後世への最大遺物・デンマルク国の話』内村鑑三著(岩波文庫ほか)

 

3.『私の個人主義』夏目漱石著

夏目漱石は講演の達人でした。彼の残した講演は江戸っ子や落語家のそれを思わせる大らかさと、彼の小説に見られる緻密な分析という、二つのまったくことなる魅力を兼ね備えています。そんな夏目漱石の講演集は、岩波文庫などからも出ていますが、主要講演がコンパクトにまとめられているという意味で、講談社学術文庫版『私の個人主義』をおすすめします。

講談社学術文庫版には、6つの講演が収録されています。とりわけ『現代日本の開化』と、表題講演『私の個人主義』は、現代日本にも通じる内容と考察で、本書の中でも優れた内容となっています。

さて、『私の個人主義』と題された講演ですが、これまたちょっとおどろおどろしいタイトルがついているものの、内容的には「私の自分探し遍歴」といったくらいのものです。たしかに後半部では、漱石は個人主義について語っていますが、漱石自身「一体何々主義という事は私のあまり好まない…」と言っているように、『私の個人主義』は、あまりドグマティックに主義主張の話として読むよりも、「生き方指南」として読むほうが、おもしろいですし、漱石の意図でもあろうかと思います。講演の最後には、国家と個人の関係について述べてありますが、ここでの漱石の意見は、現代においても示唆に富んだものであり、漱石の目の鋭さが遺憾なく発揮されているところであります。

ところで、『私の個人主義』という題名、「わたくしの」と読むのでしょうか、「わたしの」と読むのでしょうか。長らく悩んでおります。

⇒『私の個人主義』夏目漱石著(講談社学術文庫)

 

4.『イスラーム文化』井筒俊彦著

明治・昭和期の文豪の名講演を紹介してきましたが、最後に現代の国際情勢に直接関わってくるようなアクチュアルな一冊を紹介します。

『イスラーム文化』と題された本書は、「イスラーム文化の根底にあるもの」をテーマに「宗教的根底」「法と倫理」「内面への道」という全3回からなる1981年(昭和56年)の講演を活字に起こし編集したもので、宗教書では全然なく、性格的には完全な学術書です。講演者、井筒俊彦博士はアラビア語、サンスクリット語など、呆れるほど数多くの言語を操る語学の天才として知られています。井筒さんの著書は『意識と本質―精神的東洋を索めて』(岩波文庫)など、難解なものが多いですが、『イスラーム文化』は経済界の社会人をオーディエンスに迎えた講演だけあって、とっつきやすさがあります。

ところで、この講演が行われた1981年という時代は、オイルショックや、イラン革命、イラン・イラク戦争といった出来事によって、日本人にも中東の存在感が強まっていた時代でした。21世紀に入っても事情は変わらず、グローバリズムのなかでますます中東の存在感が増しています。こういった時流のなかで生きる我々にとって、中東の文化のメインストリームたるイスラーム文化とその基本精神について述べた本書は、文化的相互理解への第一歩として、なおいっそう読まれるべき本といえるでしょう。

⇒『イスラーム文化』井筒俊彦著(岩波文庫)

 

おわりに

以上の4作品をご紹介させていただきました。

講演調の美点は、講演者が自分に向かって話しかけてくれている、という感覚を与え、「読書は対話である」ということを強く感じさせてくれることにあります。また、文語とは違ったカジュアルさをもち、微妙な言い回しのなかに人柄が表れることも、講演調ならではの魅力です。気になる作品がありましたら、ご覧になってみてはいかがでしょうか。